監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
養育費は、両親の離婚後から子供が自立するまで長期間に渡って支払われるものです。そのため、途中で支払いが滞ってしまうケースが、残念ながら少なくありません。
そこで、養育費が未払いとなった場合に強制的に回収できるように、養育費について取り決めた内容を債務名義(強制執行するために必要な公文書)として作成しておく方法があります。
この債務名義には、裁判所の手続きにおいて作成される「調停調書」や「審判書」、「判決書」のほかに、公証役場で作成する「公正証書」があります。
今回は、この「公正証書」について、メリット・デメリットをはじめ、よくある質問を交えて、詳しく解説していきます。
Contents
養育費を公正証書に残すべき理由とは?
公正証書とは、国に任じられた、法的知識を持つ公証人が作成する、法的効力を持つ公文書のことです。
養育費について記された公正証書は、正式には「離婚給付等契約公正証書」といいます。
離婚協議書や合意書などの私文書と異なり、破棄・偽造といったリスクが少なく、当事者間で成立した合意内容が真正であることの確実な証拠となります。
なにより、養育費を公正証書に残すべき最大の理由は、養育費の未払いが生じた場合に、ただちに強制執行の手続きが可能になることです。
養育費に関することを公正証書に残すことのメリット
ここからは、より具体的に、養育費について公正証書に残すことのメリットを紹介します。
合意した条件について争いにくくなる
公正証書は、当事者の前で、公証人が資料や合意内容を確認しながら作成するため、「誤解だった」、「条件が不当だ」などの合意内容をめぐる争いが、生じにくくなります。
公正証書の原本は原則、公証役場で20年間保管されるため、紛失・偽造などのトラブルも防げます。
養育費の支払いが滞ったときに強制執行ができる
養育費が未払いとなった際に、強制執行=相手の財産を差し押さえて強制的に未払いの養育費を回収できるというのが、養育費の合意内容を公正証書に残しておく最大のメリットといえます。
私文書の場合、強制執行をするためには、裁判所の手続き(調停・審判・訴訟)を経て、改めて私文書の内容を法的に確定させる必要がありますが、公正証書であれば、それらの手続きを経ずに、強制執行の手続きをとることが可能です。
ただし、強制執行を可能とするためには、公正証書自体に「強制執行認諾文言」を付けておく必要があります。
財産開示手続きが利用できる
強制執行を行うためには、事前に相手の財産を特定しておく必要があります。
相手の財産を特定する方法としては、相手を裁判所に呼び出して、所有財産を開示させる「財産開示手続」が有効です。
以前は公正証書がある場合でも、自身で相手の財産を調査・特定する必要がありましたが、2020年4月に民事執行法が改正されたことで、公正証書をもって、財産開示手続が行えるようになり、未払いの養育費を回収できる可能性が広がりました。
ただし、この場合にも、強制執行認諾文言付きの公正証書が必要です。
養育費に関することを公正証書に残すことのデメリット
未払いになった養育費を強制的に回収できる最大のメリットがある一方で、デメリットもあります。
ここで事前に確認しておきましょう。
作成費用がかかる
公正証書の作成には、公証役場に支払う手数料が必要です。
手数料は、目的の金額=取り決めた養育費の総額(10年が上限)によって、以下の表のとおり、支払う金額が定められています。
【例】
- 養育費:月額4万円
- 支払期間:2023年1月~2035年12月(12年間)
- 目的の金額:480万円(月額4万×12ヶ月×上限10年)
➡公正証書作成の手数料:1万1000円
目的の金額(養育費の合計金額) | 公正証書作成の手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5,000円 |
100万円超、200万円以下 | 7,000円 |
200万円超、500万円以下 | 11,000円 |
500万円超、1,000万円以下 | 17,000円 |
1,000万円超、3,000万円以下 | 23,000円 |
3,000万円超、5,000万円以下 | 29,000円 |
5,000万円超、1億円以下 | 43,000円 |
※このほか、公正証書の枚数による手数料の加算や、交付手数料が必要になります。
《弁護士に依頼した場合》
公正証書の作成は、弁護士に依頼することもできます
文案の作成から、公証役場での手続きの代行も可能です
この場合の費用は、ご依頼内容によって異なるため、まずはご相談ください
作成するのに時間がかかる
公正証書は即日で完成するものではなく、作成に時間がかかります。
一般的には、申し込みから受け取りまで、2週間程度を要するとされています。
《公正証書作成の一般的な流れ》
- 養育費について、当事者間で合意が成立
- 任意の公証役場に、公正証書の作成を申し込む(予約)
- 予約した日に公証役場へ出頭して、確認・聴取を受ける
- 後日、公証人が作成した公正証書の確認をする
- 問題がなければ、署名押印
- 完成した公正証書を受け取る
作成するためには夫婦で協力しなくてはいけない
公正証書を作成するためには、原則、当事者双方が揃って公証役場に出頭する必要があります。
平日の日中に出頭できない、相手と顔を合わせたくない、相手が拒否する、などの場合は、弁護士を代理人にするといった対策を検討する必要があります。
養育費と公正証書の書き方
公正証書は、当事者が話し合って合意した内容をもとに作成されます。
漏れなく公正証書を作成するためにも、合意内容を文案にまとめておくとよいでしょう。
養育費の未払いが生じた際に、強制執行ができるよう、取り決めておくべき事項を紹介します。
毎月の支払額
義務者(養育費を支払う親)が、養育費として取り決めた金額をきちんと支払っているかを確認するために、養育費の支払額は、必ず記載します。
基本的には毎月の定額支払となるため、「月額●●円」と、具体的な金額を記載しましょう。
なお、養育費をいくらとするのかは、当事者間で自由に話し合って決めることが可能ですが、相場をもとに話し合うことが一般的です。
養育費の相場は、裁判所が公表している「養育費算定表」を用いて算出することができます。
《例1》
- 3歳の子供が1人
- 義務者(養育費を支払う親)の年収が、給与所得500万円
- 権利者(養育費を受け取る親)の年収が0円 ※専業主婦(主夫)
➡養育費の相場:月額6~8万円
《例2》
- 3歳以下の子供が2人
- 義務者(養育費を支払う親)の年収が、給与所得300万円
- 権利者(養育費を受け取る親)の年収が、給与所得200万円
➡養育費の相場:月額2~4万円
養育費の支払日
支払額と同様、具体的な支払日を指定しなければ、支払期限内に支払が行われたかどうかの判断ができません。
曖昧な表現は避け、「毎月●日」、「毎月末日」などのように、取り決めておきましょう。
一般的には、義務者の給与支払日に合わせて設定されることが多いようです。
支払開始日
養育費をいつから支払うのかも、取り決めておきましょう。
支払開始日は、養育費を請求した日以降とすることが一般的なので、「離婚が成立した月の翌月から」、離婚後に取り決める場合はより具体的に「令和●年●月●日」と日付指定することが多いようです。
支払終了日
養育費をいつまで支払うのかは、後のトラブルを防ぐためにも、具体的な日付で取り決めておくとよいでしょう。
たとえば「大学卒業まで」としていると、浪人や留年によって卒業時期が延びた場合に、いつを支払終了日とするのかで揉める可能性があります。
一般的には、子供が高校卒業後、就職し、収入を得ている場合には「18歳まで」、そうでない場合には子供の自立が見込まれる「20歳になるまで」や、大学卒業を見込んで「満22歳の3月まで」とすることが多いようです。
支払方法
養育費の支払方法は、口座振込とすることが一般的ですが、支払いの際に生じる振込手数料についても、忘れずに取り決めておきましょう。
基本的には、手数料は義務者(養育費を支払う親)が負担することになります。
振込先は、当事者間で自由に決められますが、子供のための金銭なので、子供名義の口座とするケースもあります。
なお、手渡しとすることも可能ですが、支払ったこと・受け取ったことの証明が困難なため、あまりおすすめしません。
養育費の変更について
養育費の取り決めが確定した後に、予期しなかった事情(経済・生活状況)の変更が生じる可能性があります。
この場合、養育費の変更をどうするのか、あらかじめ取り決めておくとよいでしょう。
「養育費の決定後、予期しなかった事情の変更があった場合は、養育費の額について改めて協議する」としておけば、スムーズな対処が望めます。
また、定額の養育費とは別に、特別な出費、例えば多額の医療費や留学費用などが生じた場合の対応についても、取り決めておくと安心です。
もっとも、この取り決めをしていなくても、裁判所の手続きで変更が認められれば、一度取り決めた内容を変更することが可能です(詳細は後述します)。
強制執行について
養育費の支払いが滞ったときに備えて、強制執行ができるよう、公正証書に、強制執行認諾文言を記載してもらいましょう。
具体的には、「記載内容の支払いを履行しない場合は、ただちに強制執行に服することを認諾する」という文言が、公正証書に記されます。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
一度公正証書に養育費のことを残したら、金額は変更できない?
合意内容をもとに公正証書を作成していても、当事者間で話し合い、合意できれば、一度取り決めた内容を変更(増額あるいは減額)することが可能です。
とはいえ、なかなか応じてもらえないことが多く、その場合には、裁判所の手続き(調停・審判)を利用することが可能です。
裁判所の手続きでは、養育費の変更を求める相当な理由=事情の変化が必要となります。
具体的には、次のようなケースです。
- 子供の事情(病気やけが、私立学校・大学院への進学など)
- 権利者の事情(経済状況の変化、再婚相手と子供が養子縁組をしたなど)
- 義務者の事情(経済状況の変化、再婚によって扶養家族が増えたなど)
よくある質問
養育費について公正証書を作成したいのですが、相手に拒否された場合はどうしたらいいですか?
公正証書の作成は、当事者双方の協力が欠かせないため、相手が拒否している場合、公正証書を作成することは困難となります。
相手の協力が得られない場合は、養育費請求調停を申立てることが有効です。
調停は、あくまで話し合いによって解決をはかる手続きなので、相手の合意が得られなければ成立しませんが、調停不成立となった場合、審判手続きに移行し、裁判所に決定を委ねることができます。
調停が成立した際に作成される「調停調書」や、審判の決定に基づき作成される「審判書」は、どちらも債務名義として、養育費の未払いが生じた際に強制執行が可能となります。
養育費の公正証書はどこで作成することができますか?
公正証書は、公証人が執務する公証役場で作成することができます。
公証役場は全国に約300箇所あって、当事者が自由に選ぶことができます。
とはいえ、実際に公証役場に出頭する必要がある点や、公正証書の原本が作成した公証役場に保管される点を考慮すると、養育費の権利者の、自宅や勤務地からアクセスのよい公証役場を利用する方が、強制執行が必要となった際に、スムーズな手続きが望めます。
なお、公正証書を作成するためには、事前に予約が必要です。
突然公証役場に赴いても、対応してもらえないことが多いので、ご注意ください。
また、公証役場によっては、なかなか予約がとれないところもあるので、あらかじめ確認しておくとよいでしょう。
離婚の際に公正証書を作成したいのですが、養育費に関して書けないことなどありますか?
養育費に限らず、公正証書には、法律上無効なことや、公序良俗に反する内容を記載することができません。
たとえば、次のような内容です。
- 養育費を放棄する(支払わない、受け取らない)
養育費は子供の権利なので、父母の合意があっても放棄することはできません
これは、面会交流や、養育費と面会交流を交換条件とした内容についても同様です - 法外な養育費の請求
明らかに義務者の収入に見合わない高額な請求は、公序良俗に反するとされています
公正証書がないと養育費がもらえませんか?
公正証書がなく、口約束や、離婚協議書・合意書などの私文書だけでも、養育費を受け取ることは可能です。
とはいえ、法的な拘束力はないので、取り決めた約束が履行されず、養育費に未払いが生じた場合、裁判所の調停や審判といった手続きが必要となります。
裁判所の手続きを利用したからといって、すぐに未払いの養育費が回収できるわけではなく、裁判手続きを行っている間に、財産を隠匿・処分されるリスクが生じます。
このようなリスクを回避するためにも、可能なかぎり、強制執行が可能な公正証書を作成しておくと安心でしょう。
養育費の公正証書を作成する際は弁護士にご相談ください
養育費は、子供の健全な成長のために欠かせないものです。
そのため、継続的に、安定して養育費が受け取れるよう、取り決めた内容は公正証書として作成しておくと安心です。
とはいっても、養育費の未払いが生じた際に強制執行ができるようにするためには、具体的な取り決めをする必要があります。
なにより、公正証書の作成には、当事者の協力が必要不可欠です。
相手が非協力的だったり、相手と話し合うことが困難なこともあるかと思います。
そんなときは、一度弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、ご依頼者様に代わって、相手と交渉できるだけでなく、法的な観点から養育費の取り決めについて、個々のご事情を考慮したうえでアドバイスさせていただきます。
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保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)