監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
遺言書を作成するにあたって、「遺言執行者を指定した方がよい」と、聞いたことはありませんか?
遺言書がある場合、原則その内容に沿って相続が行われます。
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な手続きを行うための権利義務を持ち、実行する人のことです。
遺言に「相続廃除」や「子どもの認知」がある場合を除くと、遺言執行者は指定しなくても問題ありません。
ですが、遺言執行者を指定しておけば、相続人全員の合意のもと、署名・実印が必要な手続きを、遺言執行者単独で行えるため、相続人の負担軽減や、相続人同士のトラブルを避けるといったメリットがあります。
遺言書を作成するのであれば、遺言執行者を指定しておきましょう。
誰が適任か、具体的にどんなことができるのかを、以下で詳しく解説していきます。
遺言執行者に指定された人にも参考になれば幸いです。
Contents
遺言執行者とは
遺言執行者とは、亡くなった方(被相続人)が残した遺言の内容を実現するために、各種手続きを行う人のことです。
以前は、「相続人の代理人」という立場でしたが、相続人の不利益になる内容の遺言だと、相続人との間でトラブルに発展するケースも少なくありませんでした。
そのため、2019年7月の法改正により、相続人による妨害行為が無効になるほか、遺言執行者の復任権(第三者に任務を行わせることができる権利)や単独での相続登記が認められるなど、遺言とおりの相続をスムーズに執行できるように、遺言執行者が独立した立場であることを認め、権限がより強化されました。
遺言執行者がやるべきこと
遺言執行者は、遺言執行するための権利義務を有しています。
これを踏まえて、遺言執行者による手続きについて紹介していきます。
なお、手続きには時間を要したり、法的知識が必要な場面もあることから、復任権を以って専門家に依頼することも可能です。
相続人の確定
遺言執行者は、就任を承諾したら直ちに任務を開始する義務があります。
任務を開始すると、遺言執行者は相続人全員へ通知義務を負うため、まずは被相続人が生まれてから亡くなるまでの、連続したすべての戸籍を取り寄せて、誰が相続人になるのかを調査し、確定させます。
相続人確定後、相続人と受遺者全員に、遺言内容と一緒に、遺言執行者就任と任務開始の通知をします。
相続財産の調査
相続人確定と合わせて、被相続人の債務や相続財産を調査します。
相続財産は、不動産や預貯金などの積極財産(プラスの財産)だけでなく、借金等の消極財産(マイナス財産)を含め、すべての財産を特定する必要があります。
被相続人が、遺言書と一緒に「財産目録」を作成していた場合でも、作成後処分されるなどして相続財産ではなくなっている可能性もあるため、遺言執行者が改めて調査するようにしましょう。
財産目録の作成
財産目録の作成・交付は、遺言執行者に義務付けられた任務のひとつです。
遺言書に記載された相続財産の確認ができたら、財産目録を作成し、すべての相続人・受遺者に交付しましょう。遺言書に記載のない財産については遺言執行者の権限外であるため、財産目録には記載しません。
財産目録は、相続人立ち合いのもと、公証人に作成させることも可能です。
その他
遺言執行者に義務付けられている任務は、ほかに以下のようなものもあります。
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善管注意義務
遺言執行者として報酬を得るうえで、より厳しく注意を払い相続財産を管理する義務 -
受取物の引き渡し義務
遺言執行の手続きで受け取った財産や権利を、相続人や受遺者にそれぞれ引き渡す義務 -
報告義務
相続人の求めに応じて、任務執行の進捗・完了を、相続人や受遺者に報告する義務
遺言執行者は任務完了後、相続人に対して以下の請求を行う権利があります。 -
費用償還請求権
遺言を執行するために必要な費用を遺言執行者が立て替えていたり、債務を負担した場合にその費用の償還(返還)を請求することができます。 -
報酬請求権
被相続人が遺言で、遺言執行者の報酬を定めていれば、原則はそれに従います。 もし定められてない場合は、相続人と遺言執行者で話し合うか、家庭裁判所に申立てを行い、報酬を審判で決めてもらうことも可能です。
遺言執行者の権限でできること
本来、相続人全員の署名・実印が必要な手続きでも、遺言の内容を実現するための権限をもつ遺言執行者であれば、単独で行える手続きがあります。
- 預貯金口座や株式ほか、各種名義変更
- 金融機関での被相続人名義の預貯金の解約、相続人や受遺者への払い戻し
- 遺贈(遺言で、相続人以外に財産を譲り渡すこと)の手続き
- 相続登記(所有権移転登記)
また、遺言執行にあたり、以下の手続きは遺言執行者だけに権限が与えられています。
- 推定相続人の相続廃除・取り消し
- 非嫡出子の認知
※次項で詳しく解説します
遺言執行者が必要になるケース
遺言書がある場合でも、相続人が手続きを行えるケースが多くあり、必ずしも遺言執行者を選任する必要はありません。
ですが、①推定相続人の相続廃除・取り消しや、②子どもの認知は、遺言執行者だけに権限が与えられているため、遺言執行人が必要になります。
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推定相続人の相続廃除・取り消し
被相続人の相続人になると推定される人が、被相続人に対して重大な侮辱や虐待をしていたことを理由に、相続から廃除する(または廃除を取り消す)旨の遺言があった場合、遺言執行者は家庭裁判所へ相続廃除(取り消し)の申立てを行う必要があります。 -
子どもの認知
法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子ども(非嫡出子)は、通常相続人ではありませんが、 被相続人が、遺言で自分の子どもと認知すると相続人になることができます。
この場合、遺言執行者は就任後10日以内に、役所へ認知の届出を行う必要があります。
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遺言執行者になれるのは誰?
遺言執行者は、被相続人が亡くなった時に未成年者や破産者でなければ、誰でもなることができます。
相続人や受遺者などの利害関係者を遺言執行者に指定することも可能ですが、利害関係者同士トラブルに発展する可能性があるため、公平な第三者が望ましいです。
遺言執行者は、個人はもちろん、法人を指定することも可能です。
手続きに法的な知識を要する場面が多いことから、弁護士や司法書士、行政書士、税理士などの専門家に依頼する方法もあります。
遺言執行者になれない人
被相続人が亡くなった時点で、未成年者(満20歳以下)や、破産者は、遺言執行者になれないことが民法で定められています。
遺言執行者の選任について
遺言執行者の選任は、以下3つの方法があります。
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遺言書であらかじめ指定する方法
被相続人が、遺言書で遺言執行者をあらかじめ指定する方法です。
万が一を考慮して、複数人遺言執行者を指定することも可能です。 -
遺言書で指定された第三者に選んでもらう方法
被相続人が、遺言執行者を指定する人を遺言書に記載しておく方法です。 -
家庭裁判所に選任申立てを行う方法
相続人や受遺者など、利害関係者が、家庭裁判所に申立てを行い、遺言執行者を選任してもらう方法です。
※ただし、遺言執行者が選任されている状態では、選任申立ては認められません
遺言書に複数の遺言執行者が指名されていた場合
遺言執行者の指定人数に決まりはなく、複数人を指定することが可能です。
指定された人は、就任を承諾すると遺言執行者となります。
複数人の遺言執行者が選任された場合、遺言書で任務の分担を指定しておくことで、遺言執行がスムーズに執行できます。
もし、分担の指定がない場合は、民法で「遺言者の過半数で執行に関する事項を決める」と定められています。
家庭裁判所で遺言執行者を選任する方法
遺言書で遺言執行者が指定されていない、または指定された遺言執行者が辞任・死亡したなどで不在の場合、家庭裁判所へ遺言執行者を選任する申立てが行えます。
この際、候補者を提示することは可能ですが、必ずしも候補者から選任されるわけではありません。
【申立てができる人】
相続人や受遺者、その債権者などの利害関係者
【申立て先】
被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
【必要書類】
- 申立書(書式は、家庭裁判所からダウンロードできます)
- 被相続人の死亡記載のある戸籍謄本
- 被相続人の住民票(除票)
- 遺言書の写しまたは遺言書の検認調書謄本の写し
- 利害関係を証明する資料(戸籍謄本など)
- 収入印紙(800円分)
- 連絡用の郵便切手(家庭裁判所によって金額が異なります)
※候補者がいる場合、その候補者の住民票または戸籍の附票
遺言執行者の仕事の流れ
遺言執行者の就任から、任務完了までの流れは、以下の通りです。
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相続開始
被相続人が亡くなり、相続が開始します。 -
遺言執行者の就任
遺言執行者に指定された人が承諾することで、任務が始まります。
※就任前であれば辞退することも可能です -
相続人確定と、相続開始・遺言執行者就任の通知
遺言執行者就任後、すみやかに任務を行うよう義務付けられています。
まずは相続人を確定し、すべての相続人と受遺者に、相続開始と遺言執行者就任の通知をします。 -
相続財産調査と、財産目録の作成・交付
遺言書に記載された被相続人の債務や相続財産を調査し、財産目録を作成後、相続人・受遺者全員に財産目録を交付します。 -
遺言執行の手続き
法務局での相続登記申請や、金融機関での名義変更や解約など、具体的な手続きを行います。 -
任務完了報告
相続人に財産や権利を引き渡し、すべての任務が完了したら、相続人・受遺者全員に報告します。 これで遺言執行者は役割を終えます。
遺言執行者の辞任
遺言執行者になることを承諾した場合、自分の意思だけで辞任することはできません。
長期の病気や出張、多忙な職務などの事情で、遺言執行が困難な場合に限り、家庭裁判所の許可(遺言執行者辞任許可審判)を得られれば辞任することが可能です。
任務を怠る遺言執行者を解任できる?
遺言執行者が、その任務を怠った場合や、その他正当な事由がある場合、相続人などの利害関係者は、家庭裁判所に遺言執行者の解任を請求することができます。
【任務を怠った主な例】
- 遺言執行者が遺言執行を進めようとしない
- 遺言執行者が財産目録を作成・交付しない
- 遺言執行者が、執行状況を適切に報告しない
【解任する正当な事由の主な例】
- 遺言執行者が入院などで長期不在にしている
- 特定の相続人に有利な取り扱いをしている
- 遺言執行者が財産を着服している
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遺言執行者が亡くなってしまった場合、どうしたらいい?
遺言執行者に指定した人が亡くなってしまうことは珍しくありません。
相続開始前であれば、新たに遺言執行者を指定して遺言書を書き直すことも可能です。
ただし、遺言執行者に指定した人が亡くなったとしても、遺言書の効力に影響はないため、わざわざ書き直したくない場合や、遺言書を書き直すことが困難な場合には、相続開始後に、相続人などの利害関係者によって、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ遺言執行者選任の申立てを行うことができます。
【遺言執行者が就任後に亡くなって、遺言執行者が不在になる場合】
遺言執行者の地位は喪失され、遺言執行者の相続人に継承されることはありません。
そのため、利害関係者によって家庭裁判所へ遺言執行者選任の申立てが行えます。
※遺言執行者が亡くなるまでの執行内容について、遺言執行者の相続人は「報酬請求」が可能です
遺言執行者についてお困りのことがあったら弁護士にご相談ください
被相続人の意思を尊重し、トラブルが起きることなく、円滑に遺言内容を執行するためにも、遺言執行者の存在は重要です。
もし、遺言書を作成するのであれば、遺言執行者を指定しておきましょう。
遺言執行者に、弁護士を指定することも可能です。ぜひご検討ください。
ご自身が遺言執行者に指定された場合、一度承諾すると、相応の事由がない限り辞任は難しいです。
よく考慮した上で、承諾するか、辞退するかを判断ください。
この記事が、その判断材料となれば幸いです。
遺言執行者を選ぶ人も、選ばれた人も、遺言執行者についてお困りのことがあれば、一度弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)