
監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
亡くなった人(被相続人)の相続財産をどうやって分けるのかは、相続人同士で話し合いをして決めます(遺産分割協議)。
遺産分割協議が成立するためには相続人全員の合意が必要です。
相続人全員の合意が得られなければ、相続は先に進まなくなってしまいます。
では、相続人の中に、認知症などで、自分でものごとを判断することがむずかしい人がいる場合はどうするのでしょうか?
認知症の人を無視して話し合う?
いえ、それでは、遺産分割協議が無効になってしまいます。
そこで知っておきたいのが、今回お話しする、成年後見制度です。
判断能力に不安のある方に代わって、後見人といわれる人が、契約を結んだり、取り消したりできる制度です。
成年後見制度が具体的にどのような制度なのか、相続のおはなしと一緒に詳しくみていきましょう。
Contents
成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害等によって、判断能力に不安がある方を、法的に保護するための制度です。
※以降の説明では、保護する立場の人を「後見人」、保護される本人を「被後見人」または「本人」とします。
成年後見制度は、大きく2種類に分けられます。
①任意後見制度
判断能力が正常なうちに、あらかじめ自分で後見人を選んで、代わりにしてもらいたいことを契約で決めておく方法です。
判断能力が不十分になったときに、家庭裁判所が任意後見監督人(後見人を監督する人)を選任すると、契約の効力が発生します。
②法定後見制度
すでに判断能力が不十分な場合に、本人あるいは親族によって家庭裁判所に後見制度の申立てを行い、後見人を選任してもらう方法です。
選任された人は、被後見人に代わって、財産管理や身上保護など被後見人が安心して生活を送るためのサポートをします。
被後見人の判断能力の度合いによって、さらに①補助、②保佐、③後見の3種類の類型に分けられます。
相続の場で成年後見人が必要なケース
相続の場において、後見人が必要になる代表的なケースとして、認知症の人が相続人になった場合があります。
被相続人の相続財産を、相続人で分け合うには、遺産分割協議が必要です。
相続人全員で、誰がどの財産をどれだけ受け取るのかを話し合い、全員合意のもと手続きが行われます。
しかし、判断能力に不安があるのに、自分にどの財産が必要だとか、そもそも相続するのか放棄するのか、どうやって決めてもらえばいいのでしょうか?
認知症の人が相続人だからといって、その人を除外することは認められていません。
もちろん、ほかの相続人が、勝手に判断することもできません。
そこで、成年後見制度を利用することで、判断能力に不安のある相続人に代わって、後見人が遺産分割協議を行えるようになります。
相続人が未成年の場合は未成年後見制度を使う
判断能力が不安な人の保護を目的とした成年後見制度とよく似た制度に、未成年者を保護する目的の未成年後見制度があります。
未成年者は、親権者の同意なしに、契約等の法律行為が行えません。
例えば、未成年者が相続人となった場合は、親権者が未成年者に代わって遺産分割協議を行うことになります。
では、もし未成年者の両親が亡くなっていて、親権者がいなかったらどうなるのでしょうか?
親権者の代わりに未成年者を保護する、未成年後見人を選任する必要があります。
未成年者本人が選任されると、未成年後見人が未成年者に代わり、遺産分割協議を行うことが可能になります。
成年後見制度同様、未成年後見制度も未成年者の保護を目的としていますが、財産管理だけでなく、未成年者が成人するまでの監護教育も担う点や、親権者が遺言で後見人を指定できる等、異なる点もあります。
成年後見人ができること
後見人ができるのは、被後見人が安心して生活を送るための【法律行為】です。
大きく、①身上監護と、②財産管理の2つがあります。
①身上監護(しんじょうかんご)
被後見人の意思を尊重し、心身状態を考慮しながら、適切な生活を送れるようサポートすること
- 治療や入院等の医療に関する契約・解除
- 老人ホーム等の住居に関する契約・解除
- 要介護申請等、介護に関する契約・解除
②財産管理
被後見人の、預貯金や不動産等の財産について、維持・管理を行うこと
- 預貯金や現金の管理(定期預金の解約や、公共料金の支払い、その他入出金の管理等)
- 不動産の管理や処分(老人ホームに入るために自宅の売却をする等)br> ※被後見人の居住用の不動産を売却するためには、家庭裁判所の許可が必要です
- 賃貸借契約の締結・解除(被後見人が借りている、または貸している家の賃貸借契約行為等)
- 相続に関する手続き(遺産分割協議等)
成年後見人になれるのは誰?
後見人になるために、特別な資格は必要ありません。
民法で定められた欠格事由に該当しなければ、誰でも後見人になれます。
実際に、配偶者や子ども等の親族が選任されているケースもあります。
ただし、親族間で意見が対立していたり、被後見人と利害関係がある場合には、弁護士や司法書士等の第三者が選任されることが多いようです。
《後見人の欠格事由》
- 未成年者
- 家庭裁判所で解任された法定代理人(成年後見人含む)、保佐人、補助人
- 破産者で復権していない人
- 成年被後見人に対して訴訟をしたことがある人や、その親族
- 行方不明の人
誰が申し立てすればいい?
後見人は、家庭裁判所に後見人選任の申立てをして、審判を経て、選任されます。
では、申立ては誰ができるのでしょうか、みていきましょう。
《申立てができる人》
- 後見人をつけたい本人
- 本人の配偶者
- 本人からみて、4親等内の親族
- 成年後見人等、任意後見人、成年後見監督人等
- 市区町村長
- 検察官
成年後見制度申し立ての手続き
成年後見制度の申立て手続きは、おおまかに以下の流れで進みます。
①申立ての準備
※申立てする人が準備する書類のほか、医師の診断書や、福祉関係者による本人情報シートが必要です
※家庭裁判所によっては、申立ての来庁日や面接日を予約する必要があります
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②家庭裁判所へ申立て
※いったん申立てをすると、裁判所の許可がなければ取り下げることができないため、慎重に行いましょう
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②家庭裁判所における審理(本人に対する調査・申立人や後見人候補者との面接・親族に対する意向照会等)
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④後見、保佐、補助開始の審判・確定・後見登記(後見人の選任)
※審判確定後、家庭裁判所が法務局に登記の依頼をします
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⑤後見人への職務説明
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⑥後見人による初回報告(財産目録及び収支予定表の提出)
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⑦後見人による定期報告(毎年)
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⑧後見の終了
成年後見人の候補者を決める
後見人を申し立てする際に、後見人の候補者を推薦することが可能です。
申立書と一緒に、後見人の候補者本人が「後見人等候補者事情説明書」を作成して、提出しましょう。
ただし、必ず候補者から選任されるとは限りません。
せっかく候補者を推薦したのに、ぜんぜん違う人が後見人に選ばれることもありますが、だからといって申立てを取り下げることや、不服を申し立てることもできませんので、ご注意ください。
なお、後見人の候補者がいなくても、申立ては行えますのでご安心ください。
必要書類を集める
申立てを行うために、必要な書類を集めましょう。
書類は提出後、返却されないので、念のためコピーを取っておくとよいでしょう。
なお、各家庭裁判所のホームページにて、申請書類の様式や記入例等が公開されていますので、ぜひご参考ください。
《必要書類》
●必須書類
①後見・保佐・補助 開始等申立書
②申立事情説明書
③親族関係図
④本人の財産目録および、その資料
⑤本人の収支予定表および、その資料
⑥親族の意見書
⑦本人の診断書と診断書付票(発行から3ヶ月以内のもの)
⑧本人の戸籍謄本(発行から3ヶ月以内のもの)
⑨本人の住民票または、戸籍の附票(発行から3ヶ月以内かつ、マイナンバーのないのもの)
⑩本人が登記されていないことの証明書(発行から3ヶ月以内のもの)
※本人以外が申請する場合は、本人と申請人との関係を示す戸籍謄本等
●後見人の候補者を推薦する場合に必要な書類
⓫後見人等候補者事情説明書(候補者自身で作成)
⓬後見人候補者の住民票または、戸籍の附票(発行から3ヶ月以内かつ、マイナンバーのないもの)
●被後見人本人が、相続人となっている遺産分割未了の相続財産がある場合に必要な書類
⓭対象の相続財産目録および、その資料
●被後見人本人が、福祉サービスを受けている場合に必要な書類
⓮本人情報シートのコピー
※本人の生活情報を知るケアマネージャー等の、福祉関係者に記載を依頼してください
後見・補佐・補助について
申立ての申請をする際、被後見人本人の、ものごとの判断能力の度合いによって、3つの類型を選択することになります。
《成年後見制度の、3つの類型》
- 後見:支援を受けても、自分で判断することができない
- 保佐:支援を受けなければ、自分で判断することができない
- 補助:支援を受けなければ、自分で判断することが難しい場合がある
医師や、診断書の判断に基づいて選択することになりますが、最終的な判断は、家庭裁判所が行うことになります。
家庭裁判所に申し立てを行う
必要書類が揃ったら、家庭裁判所に、後見(保佐、補助)開始の申立てを行いましょう。
申立てを行う裁判所は、被後見人の住所地を管轄する家庭裁判所になります。
また、家庭裁判所に来庁する日時や面接日時について、あらかじめ予約が必要な裁判所もあるため、事前に管轄の裁判所にご確認いただくことをおすすめします。
家庭裁判所による調査の開始
申立てた内容をもとに、家庭裁判所による調査が開始されます。
調査の中で、本人の判断能力や、後見人候補者の適格性等を判断するために、申立人、本人および後見人候補者の面接が行われます。
ほかにも、親族への意向照会等の調査があります。
場合によっては、本人の判断能力について、別途医師による鑑定が行われることもあります。
※別途費用がかかります(個々の事案により鑑定料は異なります)
成年後見人が選任される
家庭裁判所による審判で、後見人が必要であると判断されると、後見人が選任されます。
審判の内容は、申立人と本人、選任された後見人に、家庭裁判所から審判書という書面で通知が行われます。
審判書が後見人らに届いてから2週間以内に家庭裁判所へ不服の申立てが誰からもなされなければ、成年後見等開始審判の法的効力が発生することになります。
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成年後見人の役割は本人の死亡まで続く
後見人としての役割は、いつまで続くのでしょうか?
後見人は、以下に紹介する理由によって、役割を終えることになります。
《後見の終了理由/後見の終了》
①被後見人本人の死亡
②後見開始の原因の解消(被後見人が判断能力を取り戻した場合)
➡後見そのものが当然に終了します
家庭裁判所へ報告、法務局への終了登記(本人死亡の場合)が必要になります
《後見の終了理由/後任に引継ぎ》
③後見人の辞任(家庭裁判所の許可が必要)
④後見人の解任
➡すみやかに、後任の後見人に、財産の引き渡し等、仕事内容の引き継ぎを行う必要があります
⑤後見人の死亡
➡被後見人や、被後見人の親族等の請求で、家庭裁判所が後任の後見人を選任することになります
成年後見制度にかかる費用
成年後見制度の申立てに必要な費用について説明します。
《申立て時に必要な費用/申立て準備》
- 医師の診断書:数千円
- 本人や後見人候補者等の戸籍謄本の発行手数料:数百円/通
- 本人や後見人候補者等の住民票の発行手数料:数百円/通
- 登記されていないことを証明する書類:収入印紙300円分/通
- そのほか、各種証明書等の発行手数料
《申立て時に必要な費用/家庭裁判所》
- 申立手数料:収入印紙800円分
- 登記手数料:収入印紙2600円分
※保佐や補助で、代理権や同意権の付与を申し立てる場合、別途申立手数料の収入印紙800円分が必要です - 郵便切手:送達・送付費用として、3000円~5000円ほどが必要になります
(裁判所によって金額が異なりますので、事前に確認するようにしましょう)
《申立て後に必要な費用/家庭裁判所》
- 鑑定費用:だいたい10万円以下
※裁判所が、医師の鑑定が必要と判断した場合
成年後見人に支払う報酬の目安
役割が終了するまで、後見人は報酬を受け取ることができます。
後見人が家庭裁判所へ報酬付与の申立てをすることで、報酬額が審判によって決定されます(年1回)。
※後見人が申立てを行わなければ、無報酬となります。
報酬額は、被後見人の財産の中から相当分を支払うこととされていますが、具体的な報酬基準はありません。
《報酬額のめやす》
令和4年2月に、大阪家庭裁判所より、「報酬額のめやす」が公開されました。
以下にまとめましたので、ご参考ください。
後見人が親族の場合でも、専門家(弁護士等)の場合でも、めやす額から大きく異なることはまれです。
もっとも、親族が後見人になるケースでは、報酬を辞退することが多いようです。
管理財産額 | 基本報酬のめやす額 |
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1000万円以下の場合 | 月額2万円 |
1000万円を超える~5000万円以下の場合 | 月額3~4万円 |
5000万円を超える場合 | 月額5~6万円 |
※仕事内容に特別困難な事情があった場合に、めやす額の50%の範囲内で
相当額の報酬を付加するものとされています
成年後見制度のデメリット
後見が開始すると、後見人が財産管理を行うことになります。
後見人が財産を管理する目的は、被後見人の財産を維持・管理し、保護することです。
そのため、損失といったリスクを伴うような、財産の積極的な運用(不動産投資や株式投資等)はできなくなります。
ほかにも、相続人の利益を目的とした、生前贈与や生命保険の加入等といった相続税対策もできなくなります。
資産が多い場合、デメリットとなってしまいますが、遺言がない場合、遺産分割協議をしないことには、相続が進みません。
相続放棄をするためには、相続開始後3ヶ月以内という期限もあります。
相続を滞りなく行うためにも、認知症等の相続人がいる場合には、後見人の申立てを検討せざるを得ないでしょう。
成年後見制度についてお困りのことがあったらご相談下さい
遺言のない相続において、相続人に認知症の方がいる場合、後見人は必要不可欠です。
ほかにも、認知症の人を、悪質な業者にだまされる等のトラブルから守るためにも、成年後見制度は有効です。この制度について、少しでも知っていただけたら幸いです。
後見人への報酬等の金銭的な負担も少なくないことから、申立てをためらうお気持ちもわかります。
費用の面では、家庭裁判所が管理財産を把握しているため、後見人へ報酬を払うことで、不利益が生じることは、ほぼありませんし、自治体によっては補助を受けることもできますので、どうぞご安心ください。
不安な場合は、事前に専門家へご相談されることをおすすめします。
もしもの未来に備えて任意後見制度を検討したい方、いま成年後見制度を必要とされている方、少しでも疑問や不安なことがあれば、一度弁護士にご相談ください。
安心して制度を利用できるよう、お手伝いいたします。
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保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)