監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
相続すると、被相続人の財産だけではなく、借金など負債も承継することになるケースがあります。できれば負債は相続したくないと思われる方も多いと思います。
また、様々な理由で、親族とも相続とも関わりたくないという方もいらっしゃるかもしれません。
そんな時に、相続そのものをしない「相続放棄」という方法があります。
Contents
相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人の預貯金や不動産等の積極財産(プラスの財産)だけではなく、ローンや借金等の消極財産(マイナスの財産)も含めた全ての相続権を、全て放棄することを指します。
相続放棄は、相続人が家庭裁判所に申し立てることでできます。
相続放棄が受理されると、被相続人の相続に関して、「はじめから相続人ではなかった」ことになります。
相続放棄の手続き方法
相続放棄をするためには、決められた期限内に家庭裁判所へ必要書類を提出し、放棄の申述を行う必要があります。
以下で、相続放棄の詳しい手続きについてみていきましょう。
必要書類を集める
相続放棄に必要な書類は、すべての申述人(相続放棄したい相続人のこと)に共通する書類と、申述人ごとに必要な書類がありますので注意が必要です。
【全員共通で必要な書類】
●相続放棄申述書(申述人1人につき、収入印紙800円分が必要です)
※家庭裁判所の窓口でもらえるほか、裁判所のホームページから取得することができます
●被相続人の住民票の除票または戸籍の附票
※住民票の除票は、被相続人の最後の住所にあった市区町村役場で取得することができます
※戸籍の附票は、被相続人の本籍地の市区町村役場から取得することができます
●申述人本人の戸籍謄本
※戸籍謄本は、ご本人の本籍地の市区町村役場から取得することができます
【申述人ごとに必要な書類】
申述人 | 必要書類 |
---|---|
被相続人の配偶者 | ●被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本 |
被相続人の子 (またはその代襲相続人) |
●被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本 ●被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍謄本 ※代襲相続人が申述人の場合 |
被相続人の父母 (または祖父母などの直系尊属) |
●被相続人の出生時から死亡時までの、すべての戸籍謄本 ●被相続人の子(またはその代襲相続人)の 出生時から死亡時までの、すべての戸籍謄本 ●被相続人の父母の死亡の記載のある戸籍謄本 ※祖父母が申述人の場合 |
被相続人の兄弟姉妹 (または甥・姪) |
●被相続人の出生時から死亡時までの、すべての戸籍謄本 ●被相続人の子(またはその代襲相続人)の 出生時から死亡時までの、すべての戸籍謄本 ●被相続人の父母(または祖父母)の 死亡の記載のある戸籍謄本 ●被相続人の兄弟姉妹の死亡の記載のある戸籍謄本 ※甥・姪が申述人の場合 |
※戸籍謄本は、それぞれの「本籍地」の市区町村役場で取得することができます。
家庭裁判所に必要書類を提出する
相続放棄申述書に必要事項を記入したら、必要書類と一緒に家庭裁判所へ提出します。
必要書類の他に、連絡用の郵便切手が必要になる場合があるので、事前に提出先の裁判所に確認するとよいでしょう。
《提出先》
被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
※管轄の家庭裁判所は、裁判所のホームページから確認ができます。
《提出方法》
①裁判所へ直接持参する方法
②郵便で送る方法
なお、戸籍謄本等が間に合わない場合は、後で提出することも可能なので、申述書だけでも先に提出しておきましょう。
家庭裁判所から届いた書類に回答し、返送する
必要書類を提出後、数日から1ヶ月程で、家庭裁判所から「相続放棄照会書(回答書)」が送られてきます。
照会書が送られてくる目的として以下が挙げられます。
- 相続人の真意からの申述であるか
- 相続放棄の理由を確認すること
そのため、回答を記入して、家庭裁判所へ返送しましょう。 回答次第では相続放棄が却下される場合もありますので、慎重に回答する必要があります。
また、家庭裁判所によっては、申述書に問題ないと判断されれば、そのまま受理されて、照会書(回答書)が届かない場合もありますが、「照会書(回答書)がいつまでも届かないな」と不安な場合は、家庭裁判所に問い合わせてみましょう。
返送期限内に回答書を送れない場合
相続放棄照会書(回答書)には、返送期限が設けられています。
裁判所は、この照会書(回答書)をもとに相続放棄の申立てを受理するかどうかを判断するため、期限までに返送ができていないと、最悪の場合、相続放棄ができなくなる可能性もあります。
このようなリスクを避けるためにも、万が一返送期限に間に合わない場合は、必ず事前に家庭裁判所へ連絡・相談をするようにしましょう。
相続放棄申述受理通知書が届いたら手続き完了
相続放棄照会書(回答書)を送付後、10日前後で、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が、申述人宛に送られてくれば相続放棄の手続きは完了となります。
相続放棄を証明する書類で、よく似た「相続放棄申述受理証明書」があります。違いをまとめました。
相続放棄申述受理通知書 | 相続放棄申述受理証明書 | |
---|---|---|
書類内容 | 相続放棄したことを「通知」する書類 | 相続放棄したことを「証明」する書類 |
申請できる人 | 申述人本人 | 申述人または一定の利害関係がある人者 |
申請方法 | 申述人が相続放棄申述後 家庭裁判所から自動的に送付される |
相続放棄を受理した家庭裁判所へ 交付申請すると発行される |
再発行の可否 | 再発行不可 | 何度でも再発行可能 |
※相続放棄を証明するために、書類原本の提出を求められた際には「相続放棄申述受理証明書」を取得し提出するとよいでしょう。
相続放棄の期限は3ヶ月
相続放棄の期限は3ヶ月と定められていて、この期間を「熟慮期間」といいます。
相続が発生した日(基本的には被相続人が亡くなったことを知った日)から3ヶ月以内に、相続人を確定し、被相続人の遺産や借金の有無を調査して、相続するか放棄するかを決めます。
相続放棄をする場合、この期間内に、家庭裁判所へ「相続放棄申述書」と必要書類(戸籍等)を提出する必要があります。
郵送で提出する場合、記録が残り、到着確認のできる、配達証明や書留、レターパックなどの方法をお勧めします。
ただし、期限が迫っている場合は、直接裁判所の窓口へ持参する方が安心です。
「熟慮期間」内に、申述書を提出さえしていれば、その後の手続きは3ヶ月を過ぎていても基本的に問題ありません。
3ヶ月の期限を過ぎそうな場合
被相続人の財産調査が間に合わず、相続するのか、放棄するのかを、熟慮期間内に決定できないような場合には、熟慮期間内に家庭裁判所へ、「相続の承認又は放棄の期間の伸長」という申立てを行うことで、熟慮期間を延長(伸長)できることがあります。
申立てが裁判所に認められると、熟慮期間を約1~3ヶ月、延長することができます。
※裁判所が、伸長の申立て理由をもとに、伸長の可否と、伸長期間を決定します。
3ヶ月の期限を過ぎてしまった場合
原則、熟慮期間を過ぎると、相続放棄は認められず、相続し、プラスの財産もマイナスの財産も相続するものとみなされます。
ですが、相当な理由があれば、熟慮期間後でも、相続放棄が認められる場合があります。
- そもそも、被相続人が亡くなったことを知らなかった
- 被相続人に借金があることを知らなかった、知ることが困難だった
- 自分が相続人であることを知らず、督促状等が届いたことではじめて知った
などのような場合、「申述書(事情説明書)」を作成し、「自分が相続する」と認識した日から3ヶ月以内に、相続放棄申述書と必要書類と一緒に家庭裁判所へ提出することで3ヶ月以内に相続放棄をすることが難しくやむを得ないと判断されると、相続放棄が認められます。
相続放棄の申し立ては一度しかできない
相続放棄の申立ては、残念ながら再申請が認められておらず、一度だけしかできません。
万が一、申請内容に不備がある等して、相続放棄の申請が家庭裁判所に認められなければ、相続放棄ができなくなってしまいます。
そうすると、被相続人にマイナスの財産がある場合、その責任を負うことになるので注意が必要です。
プラスの財産より、借金の方が大きい場合や、期限が徒過している場合等、相続放棄は特に重要な手続きとなりますので、専門家である弁護士に一度ご相談下さい。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄が無効・取り消しになるケースがある
相続放棄の申請が受理された後に、相続放棄が無効・取り消しになるケースがあります。
《無効》
- 申述人が、相続財産を処分(使う・受け取る等)した場合
《取り消し》
- 未成年が法定代理人の同意を得ずに相続放棄した場合
- 判断能力がない人(知的障害や認知症など)がした相続放棄の場合
- 虚偽の情報で相続放棄をした場合
- 脅迫されて相続放棄をした場合
- 他人によって勝手に相続放棄の手続きが行われていた場合
など、申述が受理された時点で、実は何らかの問題があって、本来は受理されるべきではなかったケースです。
後から財産がプラスだと分かっても撤回できない
原則、一度受理された相続放棄は撤回ができません。
- 気が変わって、やっぱり相続したい
- マイナスの財産以上に、プラスの財産があることがわかったから、相続放棄を撤回したい
などのように、申述が受理された時点で問題はなく、受理後に、申述人の何らかの事情による撤回は認められていません。
相続放棄するかどうかは、後悔しないように、慎重に決める必要があります。
相続放棄は一人でもできるがトラブルになる場合も…
相続放棄は、他の相続人の許可や同意なく、個々で手続きを行うことができます。
ですが、事前に他の相続人や親族に相談することなく相続放棄をすると、後々トラブルになることもあり得ますので、注意が必要です。
明らかに相続放棄したほうがいい場合
相続放棄をした方がいいケースがあります。
①相続問題に巻き込まれたくない場合
②被相続人の相続財産を、特定の相続人にすべて相続させたい場合
③明らかにマイナスの財産が多い場合
などが考えられますが、これらの理由で相続放棄をした場合、他の相続人の相続割合が増えたり、思いがけない人が相続権を得たりすることもあります。
「知らなかった。」「教えてくれればよかったのに。」
そんなトラブルに発展する恐れもあるため、事前に話し合いをすることをお勧めします。
特にマイナスの財産が原因で相続放棄をする場合には、話し合いの上、全員で相続放棄した方がいいでしょう。
相続を把握していない相続人がいる場合がある
親族間が良好であれば、被相続人の借金問題や相続放棄したこと等、親族間で共有していることが多いですが、中には交流が無く、面識すらない相続人や、そもそも相続が生じたことを把握していない場合があります。
- 被相続人に、前配偶者との子がいるが、前配偶者と暮らしているため面識がない
- 被相続人に隠し子がいた
- 知らない間に、被相続人と養子縁組をしている子がいた
- 親や兄弟とは絶縁状態
相続放棄をすることで、他の親族に多額の債務が渡ってしまう可能性がありますので、十分に相続人調査を行い、相続放棄をする場合には慎重に検討する必要があります。
相続放棄後の相続財産について
相続放棄をしても、相続財産と一切関係がなくなるというわけではありません。
中には放置するとトラブルに発展する可能性があるケースもありますので、以下で詳しく見ていきましょう。
墓や生命保険など、相続放棄しても受け取れるものはある
相続放棄をすると、被相続人の相続財産は受け取れませんが、それ以外は受け取ることが可能なものがあります。
「固有の財産」と呼ばれるもので、受取人が指定されている財産のことです。
以下で一部をご紹介します。
① 生命保険金 ※被相続人本人が受取人の場合は、相続財産となるため、受け取ることができません
② 葬祭費(国民健康保険の場合)または埋葬料(社会保険等の場合)の支給金
③ 未支給年金や遺族年金
④ 祭祀財産(お墓や仏壇、位牌等の祖先を祀るための財産)
⑤ お香典やご霊前
全員で相続放棄をしても家や土地の管理義務は残る
相続放棄をすると、遺産の土地や建物に関する義務の全てから解放されると考えている方が多数いらっしゃいますが、相続放棄をした者は、次の相続人が相続財産の管理を始めるまで、管理を継続しなければなりません。
そのため、相続人全員が相続放棄をした場合、次の相続人に引き継げないのであれば、家や土地の管理義務から免れるためには、相続財産を管理する「相続財産管理人」の選任申立てをする必要があります。
この管理を怠ると、トラブルに巻き込まれる可能性があります。
例えば、空き家を放置していたら、台風で屋根が飛ばされて怪我人が出てしまったなど、第三者に多大な迷惑がかかった場合には責任を問われる可能性があるため、注意が必要です。
ただし、実際には、相続財産管理人の選任手続きをせず、相続放棄したまま放置されている方がほとんどです。
なお、この管理義務について、令和5年4月1日より改正法が施工されます。
現在と、改正法施工後を比較しながら、詳しくみていきましょう。
現在 | 令和5年4月1日~ | |
---|---|---|
だれが | 相続放棄した人 ※だいたいが第3順位の相続者 |
相続放棄時に財産を現に占有している人 |
いつまで | 次の相続人が、財産の管理を始めることができるまでの間 | 次の相続人に財産を引き渡すまでの間 |
しなければいけないこと | 財産管理の継続 | 財産の保存 |
相続放棄したのに固定資産税の請求がきたら
相続放棄をすれば、被相続人が、生前未納していた固定資産税については、支払いの義務はありません。
しかし、被相続人が亡くなった後に発生した固定資産税については注意が必要です。
固定資産税は、毎年1月1日時点で固定資産課税台帳に登録されている所有者に対して課税されます。
被相続人が亡くなった後、この課税台帳における所有者が相続人に書き換えられることがあり、相続放棄したとしても自動的に送られてくることがあります。
この場合、残念ながら支払い義務が生じるため、一旦固定資産税を支払った後、実際の相続人(所有者)に、立て替えた分の求償請求を行いましょう。
立て替えて支払う際に、被相続人の相続財産から支払わないように注意してください。これをしてしまうと、相続をしたとみなされ(単純承認)、相続放棄ができなくなってしまうリスクがあります。
こうしたリスクを避けるためにも、相続放棄後速やかに移転登記手続きや更生登記手続きすることをお勧めします。
相続放棄手続きにおける債権者対応
相続手続き中に、債権者(お金を貸した人)から、債務の支払いを求められることがあります。
この時に誤った対応をすると、最悪の場合、相続放棄ができなくなることがあるので注意が必要です。
「とりあえず対応しよう」はNG
相続放棄を検討している場合、債権者からのしつこい請求に、「とりあえず」と安易に考えて、相続人の相続財産から支払ってしまうと、被相続人の相続財産を処分したとみなされ(単純承認)、相続放棄ができなくなる恐れがありますので、例え少額であっても支払わないようにしましょう。
これは相続放棄後も同様で、せっかく受理された相続放棄が無効になる可能性があります。
債権者からの請求がしつこい場合には、専門家への相談をお勧めします。
「利子だけ払っておこう」はNG
相続放棄をすれば、利息も支払う必要がありません。
「利子だけなら」と支払ってしまうのも、相続放棄ができなくなる、あるいは承認された相続放棄が無効になる場合があるので危険です。
債権者からの請求があっても、支払わないようにしましょう。
サインはしないようにしましょう
債権者に相続放棄を検討していることを伝え、債権者の要求に応じないようにしましょう。
「支払いはともかく、書類にサインだけでも・・」と求められたとしても、安易に対応しないようにしましょう。
サインだけなら、と応じてしまうと、やはりこの場合も相続放棄ができなくなる可能性があります。
少しでも迷ったら、後々トラブルにはらないように、専門家へ相談しましょう。
遺産に触れないようにしましょう
被相続人の相続財産を使用したり、廃棄したりすると「相続財産の処分」とみなされ、相続放棄ができなくなる場合もあります。
金融機関等から、被相続人名義の住宅について「住宅ローンの解約で今の家に住み続けられるようにする」等と言われても、「相続財産の処分」に該当する場合があります。
相続放棄ができなくなるリスクを避けるためにも、相続財産には触れないようにしましょう。
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相続放棄に関するお悩みは弁護士にご相談下さい
相続放棄の申請は一度しかできません。その申請のためには多くの書類が必要になります。
最悪の場合、相続放棄ができなくなってしまうケースも多くあるため、慎重な対応が求められます。
また、トラブルを避けるために、自分だけで判断せず、他の相続人や親族との話し合いも重要になります。
さらに、相続放棄が承認されたからといって、すべてが終わったわけではありません。相続財産の管理義務を負う可能性もあります。
複雑な手続きを、限られた期間の中で行うのはとても大変です。相続について後悔しないためにも、専門的な知識をもった弁護士に一度ご相談ください。
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保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)