監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
相続において、亡くなった方(遺言者)の意思として尊重される遺言書ですが、決められたルールを守って作成しないと、法的な効力を失い、せっかくの遺言が無効となってしまいます。
遺言書自体に問題があるほかにも、遺言の内容に納得できない相続人たちが、裁判で遺言の有効性を争った結果、遺言が無効と判断されるケースもあります。
今回は、相続に多大な影響をあたえる遺言書について、どんなケースが無効となるのかを具体的にみていきましょう。
Contents
遺言書に問題があり、無効になるケース
遺言書は、相続において多大な影響をおよぼします。
そのため、遺言書の作成方法や有効性について、民法で厳しくルールが定められています。
ルールを守らず、間違った方法で作成された遺言書は無効になってしまいます。
日付がない、または日付が特定できない形式で書かれている
遺言書が完成した日付を、特定できる形式で、記載する必要があります。
内容の重複する複数の遺言書があった場合に、どの遺言書が有効なのかを判断するために、遺言書の前後関係を確定する必要があるからです。
ほかにも、遺言書の作成時、遺言者が本当に遺言書を作成できる能力があったのかを判断する基準にもなります。
そのため、日付がない、あるいは「年月日」が特定できない日付だと、遺言は無効になります。
無効となる日付の例 | 無効となる理由 |
---|---|
2月3日 | 西暦または和暦で「年」の記載が必要です |
令和5年2月 | 「日」の記載がなく、具体的な日付が特定できないため、無効です |
令和5年2月吉日 | 吉日では日付が特定できないため、無効です |
なお、具体的な日付が記載されていなくても、日付が特定できると判断された、以下のケースもあります。
- 令和5年2月末日
- 私(遺言者)の60歳の誕生日
遺言者の署名・押印がない
遺言書には、遺言者の署名・押印が必要です。
署名・押印のない遺言書は、遺言者本人が作成したのか特定できず、原則として無効とされます。
署名については、本人を特定することができれば、通称や芸名が記載されていても有効となるケースもあります。
ただし、偽造・変造されるのを防ぐためには、戸籍上の本名を署名すること、認印やシャチハタを避けて実印で押印することが望ましいです。
内容が不明確
遺言の内容があいまいで、誰になにを、どう相続させたいのか、具体的に指定されていない場合には、正しく遺言者の意思が伝わらず、手続きが行えないことから、遺言が無効となる可能性があります。
例えば、「私の身内で、私の財産を分けるように」だと、身内の範囲が広すぎて、遺言者が本当に相続させたい相手は誰なのか、判断がむずかしくなります。
ほかにも、「長男には多めに財産を相続させて、長女には少なめに相続させる」だと、受け取り方によって解釈が異なり、相続財産の具体的な取得割合の判断はむずかしいといえます。
遺言全体の内容や、作成当時の状況など、包括的にみて解釈できるようであれば、無効とならないケースもありますが、不要な争いを招く可能性がるため、せっかく遺言を残すのであれば、誰がみてもわかるように、具体的に記載するようにしましょう。
訂正の仕方を間違えている
遺言書は、作成のルールのほかに、加筆や修正、削除などの訂正方法についても民法で定められています。
《訂正のルール》
- 訂正箇所を二重線で取り消して、訂正印を押します
- 正しい内容を、訂正箇所の近くに書き込みます
- 訂正した箇所の、近くの余白に、訂正内容(加筆、削除した文字数)を記入し、署名します
- 付記を記入します
例えば、修正テープなどで訂正することは、ルール違反となります。
ルールが守られていないと、原則、訂正がなかったものとされ、その部分だけが無効となります。
最悪の場合、遺言書全体も無効と判断されてしまうので、ルールを守って訂正をするか、遺言自体を書き直すようにしましょう。
共同で書かれている
遺言書は、単独で作成しなければならず、誰かと同じ遺言書で遺言する共同遺言は民法で禁止されています。
よくあるのは、夫婦で1通の遺言書に、それぞれ署名・捺印をするケースです。
この場合、もし訂正が必要になった時に、本人の意思だけでは自由に遺言を撤回できなくなります。
遺言は、本人の意思で自由に作成・撤回・訂正することが認められていて、これを妨げる可能性があることから、共同遺言は禁じられています。
同じ内容なのに手間だと感じるかもしれませんが、有効な遺言で相続を行ってもらえるように、被相続人が1人ずつ、それぞれに遺言書を作成するようにしましょう。
認知症などで、遺言能力がなかった
認知症の人が書いた遺言が、無効と判断されるケースがあります。
遺言書作成時に、家族のこともわからないくらい、認知症の症状が重い場合には、「自分の財産を把握していて、誰になにを、どう相続させると、どんな効果が生じるか」を判断できる、遺言能力が欠如していたとして、本人の意思とはみなされないためです。
ただし、必ずしも認知症の人が書いたからといって、遺言が無効になるわけではありません。
遺言書を作成した当時の、病院のカルテや、看護記録などから、総合的に遺言能力の有無が判断され、認知症でも、遺言能力があったと判断されれば、遺言の有効性が認められます。
誰かに書かされた可能性がある
遺言書が、遺言者本人の意思で書かれたものか、疑わしいケースでは、遺言が無効になる場合があります。
具体的には、以下のケースがあります。
- 遺言者をおどして、自分が有利になる内容を無理やり書かせた(強迫)
- 認知症の人をだまして、自分が有利になる内容の遺言書を書かせた(詐欺)
強迫・詐欺によって、遺言が書かれたものだという立証が必要となるため、疑わしい場合は、証拠が入手しやすいうちに、はやめに専門家へ相談されることをお勧めします。
証人不適格者が立ち会っていた
遺言書の中には、作成にあたり、証人の立ち合いが必要なものがあります(公正証書遺言、秘密証書遺言)。
証人になるための資格は、特別必要ありませんが、欠格事由に該当する人は証人になれません。
もし、欠格事由に該当する人が、証人として立ち合っていた場合、遺言は無効となる可能性があります。
《欠格事由》
- 未成年者
- 推定相続人(相続開始時に相続人になる予定の人)や、その配偶者、直系血族
- 受遺者(遺言によって、相続財産を受け取る予定の人)や、その配偶者、直系血族
- 公証人の配偶者や4親等内の親族、書記、使用人
遺言書の内容に不満があり、無効にしたい場合
「だれかひとりに、全部を相続させる」などのように、遺言の内容を受け入れがたい場合、相続人はどのような方法をとることができるでしょうか。
まず、遺言にかかわる相続人や受遺者、遺言執行者(指定されている場合)全員が合意すれば、遺言書の内容に従う必要はありません。遺産分割協議を行い、遺言書や法定相続割合と異なる内容で、遺産分割をすることができます。
また、遺留分を有する相続人であれば、遺言書によって遺留分を侵害されたとして、その侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができます(遺留分侵害額請求・ただし、遺留分侵害額請求の場合、取得できるのは、法定相続割合の半分)。
一方、遺言にかかわる相続人や受遺者、遺言執行者(指定されている場合)全員の合意が得られない場合には、遺言者が脅迫されて遺言書を書いた、そもそも遺言者以外の人物によって書かれたなど、遺言書の内容に疑いがあったり、作成時の遺言能力に疑いがある等の事情があれば、裁判所へ遺言無効請求をすることになります。
遺言無効確認調停
相続人や受遺者など、相続にかかわる人全員の話し合いで、遺言の有効性について意見が分かれる場合には、まず、家庭裁判所へ、遺言無効確認調停を申立てることになります。
調停では、調停委員が間に入り、遺言の有効性について、合意に向けて話し合いを行います。
調停での話し合いでも解決ができなければ、訴訟に移行して、裁判で争うことになります。
通常は、いきなり訴訟を起こすことはできず、先に調停を行う必要(調停前置主義)がありますが、相続の場合は、関係者の意向がはっきりしていて、話し合いによる解決は困難と判断し、調停を省略して、いきなり裁判を起こすケースも多くみられます。
遺言無効確認訴訟
遺言無効確認訴訟がどのような手続きかというと、「法的に遺言が無効である」と、地方裁判所(または簡易裁判所)に、確認の訴えをおこなうことです。
基本的に、遺言の無効を主張して、訴えを提起した相続人などを「原告」、訴えを提起された相続人などを「被告」として、それぞれ提出した証拠をもとに、裁判所が、遺言の有効性について判決を下します。
《遺言無効確認訴訟で争われることが多い、代表的なケース》
- 遺言能力の有無
認知症の人が書いた遺言書の有効性を争うケースです。
遺言書作成時や、その前後の、病院のカルテや、看護記録などを証拠に、
遺言者が遺言を作成する能力があったかどうかが争点となります。 - 遺言の自筆性
本当に遺言者が作成した遺言書かどうかを争うケースです。
遺言の筆跡が、遺言者の筆跡と一致するかを確認するために、遺言者の手紙や日記などを証拠に
筆跡鑑定を行い、判断することになります。
時効は無いけど申し立ては早いほうが良い
遺言の無効を主張するために、調停を申し立てる、あるいは訴訟を提起するのに、時効はありません。
時効がないといっても、時間が経つほどに、遺言の無効を立証することは難しくなりますので、注意が必要です。
例えば、遺言無効確認訴訟で、裁判所に提出する証拠書類の中には、保存期間が決められているものがあります。病院のカルテだと5年間、看護記録だと2年間を経過すると、入手が困難になります。
ほかにも、遺言者の筆跡を立証するための、日記などの証拠を勝手に処分される恐れもあります。
遺言の有効性が疑わしい場合には、できるだけはやめに、調停または訴訟をご検討ください。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
遺言書を勝手に開けると無効になるというのは本当?
遺言書をみつけても、勝手に開けてはいけないと耳にされたことがあるかもしれません。
遺言者自身で保管をする、自筆証書遺言(法務局における自筆証書遺言の保管制度を利用している場合を除く)や、秘密証書遺言は、自分たちで内容を確認する前に、家庭裁判所で、遺言の内容を明確にして、相続人に遺言の存在と、その内容を知らせる手続き(検認)が必要になります。
もし知らずに遺言書を開けてしまった場合、5万円以下の過料が科される可能性がありますが、遺言書が法的に無効になることはありませんので、ご安心ください。
知らずに開けてしまった遺言書は、すみやかに家庭裁判所に事情を説明して、検認の手続きを行いましょう。
遺言書が無効になった裁判例
【東京地方裁判所・令和3年6月3日判決・遺言無効確認請求事件】では、遺言書が決められた形式で作成されていない(方式違背)ことを理由として、公正証書遺言が無効であると判断されました。
この事案では、相続開始時に、ある条件が発生していると受遺者になるかもしれない人の、直系血族が証人の1人でした。
原告は、受遺者の直系血族は証人の欠格事由にあたるとして、遺言書の無効を主張しました。
対して被告は、結果的に遺贈は発生せず、財産を受け取っていないから、受遺者ではない、つまり欠格事由にはあたらないとして、遺言書全体、あるいは遺贈を除いた部分の有効を主張しました。
裁判所は、財産を受け取れなかったのは結果論でしかなく、また、遺言書を包括的にみて、証人は、受遺者の利益をはかって遺言書の公正を害する恐れがあるとして、欠格事由に該当するとみなし、遺言書は方式に違背し、その全体が無効であると認めました。
遺言書が無効かどうか、不安な方は弁護士にご相談ください
遺言書が有効か、無効か、その有効性は、遺言者の相続財産を受け取る人や、その内容に多大な影響を与えます。
遺言者の意思を尊重したいとは思いつつも、特定の誰かが利益を得るような内容であれば、納得がいかないのも当然です。
「本当に遺言者の意思で書かれた遺言書なのか?」「遺言書に、法的な有効性があるのか?」
遺言書に少しでも疑わしい点がありましたら、なるべくおはやめに弁護士にご相談ください。
法的な視点で、遺言書が無効と主張できるか、主張するにはどうすればいいのか、適切に判断することはもちろん、主張するための証拠収集から、裁判所の期日への出席まで、弁護士が代行可能です。
ご依頼者様のご不安が、少しでも軽くなるように、これまでの経験を活かし、お力になれるかと存じます。
-
保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)