
監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
「自分の財産について、誰に、どの財産を、どれだけ譲り渡すのか」
このような、遺言を残す人(遺言者)の相続に関する意思を、書面にしたものが遺言書です。遺言書があれば、基本的にその内容に応じた相続が行われます。
遺言書には大きな効力があり、法律で定められた相続人(法定相続人)以外に財産を渡すことも、特定の相続人に財産を渡さないようにすることも可能です。
その遺言書には、いくつか種類があるのをご存じでしょうか?
一般的な遺言書は、普通方式遺言と呼ばれるもので、
①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言の3種類があります。
※3種類のほかに、特殊な状況で作成する「特別方式遺言」があります
今回はこの中から、遺言者ひとりで作成できる自筆証書遺言について解説をしていきます。
自筆証書遺言とは
「亡くなったお父さんの遺言書が、仏壇からみつかった」
ドラマで、こんな場面をみたことはありませんか?
誰にも知られることなく遺言書を作成して、どこかに隠しておく。
それが、この自筆証書遺言です。
※後ほど詳しく解説しますが、法務局で保管しておく方法もあります。
比較的手軽に遺言書を作成できる方法ですが、内容に不備があると遺言書として無効になるため、注意が必要です。
●自筆証書遺言のメリット
- ひとりで作成できて、第三者に内容を知られることがない
- 費用がかからない
- 他の方式の遺言書に比べると、書き換えが簡単
- 法務局で保管してもらう場合、検認は不要
●自筆証書遺言のデメリット
- すべての内容を、遺言者が正確に自筆する必要があり、不備があると無効になる可能性がある
- 遺言者自身で保管する場合、偽造や隠蔽、紛失の可能性がある
- 遺言者が亡くなった時に、遺言書をみつけてもらえない可能性がある
自筆証書遺言が有効になるための4つの条件
自筆証書遺言が、正しく効力を発揮するために、4つの条件があります。
このうち、1つでも条件を欠くと、無効になる可能性があるので注意が必要です。
- ①すべて遺言者が手書きで作成すること
- ②完成した日付を特定できるように、年月日まで遺言者の自筆で書かれていること
- ③遺言者の自筆で署名されていること
- ④捺印されていること
パソコンで作成してもOKなもの
遺言者が手書きする必要がある自筆証書遺言のうち、添付する財産目録については、パソコンやワープロを使用して作成することが、2019年1月の法改正で認められました。
ただし、すべてのページに署名と捺印が必要です。
自筆証書遺言の書き方
自筆証書遺言には、「誰に、どの財産を、どれだけ渡したいのか」を、明記するようにしましょう。あいまいな表現だと、遺言書が無効になる場合もあるので、誰がみてもわかることが理想的です。
まずは全財産の情報をまとめましょう
遺言書を作成するにあたって、まずはすべての財産を把握するために、資料を集めましょう。
資料をもとに、第三者がどの財産のことか特定できるように、情報をまとめます。
財産の情報は、遺言書自体に記すことも、財産目録を作成して添付することも可能です。
預貯金や不動産等の積極財産(プラスの財産)はもちろん、ローン等の消極財産(マイナスの財産)も忘れないようにしましょう。
財産目録は、パソコンを使用して作成することが可能です。
また、通帳のコピー(預貯金の場合)や、登記事項証明書のコピー(不動産の場合)を財産目録とすることも可能です。
遺言書とは別紙で財産目録を添付する場合は、すべてのページに遺言者の署名・捺印が必要です。
誰に何を渡すのか決めます
財産をまとめたら、次は、誰にどの財産を渡すのかを決めます。
配偶者や子供、親、兄弟姉妹の相続人のほか、第三者へ財産を渡す(遺贈)ことも可能です。
財産目録のコピーに書き込んだり、パソコンで下書きを作成しておくと、遺言書作成時に便利です。
縦書き・横書きを選ぶ
遺言書の書き方は、縦書き・横書きの規定がありません。
ご自身の書きやすい方法で作成しましょう。
代筆不可、すべて自筆しましょう
自筆証書遺言は、内容・日付・署名まで、自筆証書遺言の名のとおり、すべて遺言者が自分で書くことが定められています。
※財産目録だけは、パソコン作成可能
遺言者が自筆することがむずかしいからと、代筆やパソコン作成をすると、遺言書の効力が無効となってしまいます。
音声データや、動画データを遺言書とすることも、残念ながらできません。
遺言者が文字を書けない事情がある場合は、公正証書遺言を作成するようにしましょう。
遺言書の用紙に決まりはある?
遺言書の用紙について、原則規定がなく、便箋でもレポート用紙でも可能とされています。
また、遺言書用紙と封筒がセットになった「遺言書キット」がコクヨ等から販売されていますので、そちらを使用することも可能です。
●自筆証書遺言書保管制度を利用する場合の、遺言書等の様式について
法務局で自筆証書遺言を保管する制度を利用する場合、法務局で様式が定められています。
法務局で長期保管・データ化することを考慮された様式になっています。
法務局のホームページに様式が公開されているので、印刷して書き込むことが可能です。
《自筆証書遺言・財産目録の様式》
①A4サイズで、模様や彩色がないもの(罫線は可)
※感熱紙は避けましょう
②最低限の余白を確保すること
※上:5mm、下:10mm、左:20mm、右:5mm
③片面であること
※両面に記載されている場合、法務局で預かってもらえません
④各ページ、余白内に、ページ番号を記載すること
※例:1/2
筆記具に決まりはある?
筆記具についても、原則規定はありません。 書き始めから書き終わりまで、同じペン(青・黒字のボールペン、筆ペン)を使用することで、トラブル防止につながり、おすすめです。
シャープペンシルや鉛筆、消せるペンは、長期保管に向かず、偽造を疑われる可能性があるため避けたほうがよいでしょう。
●自筆証書遺言書保管制度を利用する場合の、筆記具の留意点
法務局で自筆証書遺言を保管する制度を利用する場合、用紙同様に
法務局で長期保管することを考慮した留意事項があります。
《自筆証書遺言・財産目録作成時の筆記具について》
長期保存で消えてしまわないよう、消えるインク等は使用せず
ボールペンや万年筆等の、消えにくい筆記具を使用すること
誰にどの財産を渡すのか書く
遺言書に、必ず自筆で、「誰に、どの財産を、どれだけ渡すのか」
第三者でもわかるように、明確に書くことが重要です。
「妻に自宅を譲る」のように、あいまいな表現だと、遺言が無効になる可能性があります。
- 誰に ➡ 遺言者との続柄、氏名(フルネーム)、生年月日
- どの財産を ➡ 財産が特定できるように
- どれだけ ➡ 具体的な配分を
- 相続が開始すると相続人になる人(推定相続人)➡「相続させる」または「遺贈する」
- 推定相続人以外 ➡「遺贈する」
《具体例》
1.私は、私の所有する別紙目録第1の不動産を、長男 ●●●●(昭和●年●月●日生)に相続させる
2.私は、私の所有する別紙目録第2の預貯金を、妻 ●●●●(昭和●年●月●日生)に相続させる
3.私は、私の所有する以下の株式を、次男 ●●●●(昭和●年●月●日生)に相続させる●●証券株式会社の全株式
※遺言書に「別紙目録第●」と記載する場合、財産目録にも「目録第●」と記入しておきましょう
日付を忘れずに書く
遺言書が完成した日付を、特定できるように年月日まで明確に、自筆で記入します。
「●月吉日」のような、あいまいな表現や、日付スタンプだと無効になります。
誤記を防ぐためにも、西暦と和暦は、どちらかに統一するようにしましょう。
《厳密な年月日以外で、特定できる日付と判断された例》
- 令和●年●月末日
- 私の70歳の誕生日
署名・捺印をする
遺言書の最後に、自筆で署名と、捺印をしましょう。
印鑑に指定はありませんが、印鑑証明書で印影が確認できる実印で押印することをお勧めします。
署名・捺印を忘れると、せっかく作成した遺言書が無効になってしまいます、注意しましょう。
遺言書と書かれた封筒に入れて封をする
自筆証書遺言は、厳密には封筒に入っていなくても無効にはなりません。
ですが、偽造や改ざんを防ぐためにも、封筒に入れて封印しておくことをおすすめします。
※法務局で保管する場合、封筒に入れる必要はありません
●トラブル防止策
- 封筒に「家庭裁判所で検認を受けるように」と注意書きをしておく
※知らずに開封してしまうと、5万円以下の過料が科される可能性があります - 2重封筒にして、「これ以上開けてはいけません」と注意書きをしておく
自宅、もしくは法務局で保管する
自筆証書遺言の保管方法は、①自宅保管、②第三者に預ける、③法務局保管の3種類があります。
①自宅保管
一般的な方法ですが、誰かにみつかって改ざん・隠蔽されるリスクがあります。
慎重に隠した結果、相続開始後に見つけてもらえなかったケースもあるようです。
②第三者に預ける
信頼できる知人や、弁護士等の専門家に預ける方法です。
③法務局保管
2020年7月の法改正でスタートした、自筆証書遺言書保管制度を利用した方法です。
家族に知られず、遺言書を作成・保管できるだけでなく、みつけてもらえないリスクも避けられます。
自筆証書遺言保管方法の中で唯一、家庭裁判所の検認が不要になります。
- 保管手数料:遺言書1通につき、3900円
- 保管期間:原本は、遺言者死亡後50年間
画像データは、遺言者死亡後150年間
自筆証書遺言の注意点
自筆証書遺言を作成するにあたり、自筆であること、日付・署名・捺印が必要なこと以外にも、注意点がいくつかあります。
せっかく作成した遺言書が無効にならないためにも、要点を押さえておきましょう。
遺留分に注意・誰がどれくらい相続できるのかを知っておきましょう
相続でよく耳にする遺留分とは、遺言者の兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された、最低限の相続財産の取得分のことです。
この遺留分は、遺言書をもっても侵害することはできず、遺留分を侵害された相続人は、財産を受け取る人に対して「遺留分侵害額請求」をすることができます。
例えば、遺言者自身が、配偶者だけに財産を渡したいと遺言に残したとしても、法定相続人である子供がそれに納得しなければ、子供が遺留分侵害額請求をして、遺留分を得ることができるのです。
遺留分は「法定相続割合の1/2または1/3」と定められています。
相続人 | 遺留分 | 法定相続分 | 各人の遺留分 |
---|---|---|---|
配偶者 子(または孫) |
1/2 | 配偶者 1/2 子 1/2 |
配偶者 1/4 子 1/4 |
配偶者 父母(または祖父母) |
1/2 | 配偶者 2/3 父母 1/3 |
配偶者 1/3 父母 1/6 |
配偶者 兄弟姉妹(または甥・姪) |
1/2 | 配偶者 3/4 兄弟姉妹 1/4 |
配偶者 1/2 兄弟姉妹 なし |
配偶者のみ | 1/2 | 全部 | 1/2 |
子(または孫)のみ | 1/2 | 全部 | 1/2 |
父母(または祖父母)のみ | 1/3 | 全部 | 1/3 |
兄弟姉妹(または甥・姪)のみ | なし | 全部 | なし |
遺留分を侵害することでトラブルにならないよう、遺留分を考慮して、遺言書を作成するようにしましょう。
暴力をふるって遺言者に大けがをさせた等の特別な理由から、その相続人に財産を渡したくない場合は、該当相続人を「相続廃除」することで、遺留分の権利を剥奪できる可能性があります。
訂正する場合は決められた方法で行うこと
「ついうっかり間違えてしまった」「書き終えた後に財産が増えた」
そんな時には、遺言書を訂正しましょう。
自筆証書遺言の訂正(削除や加筆を含む)には、民法で定められたルールがあります。
ルールに則っていないと、その部分が無効(訂正がなかったもの)になり、訂正前の内容が有効とされてしまいます。
万が一、訂正前の内容が読み取れない状態だと、その遺言自体が無効になってしまう可能性もあるので、可能であれば書き直すようにしましょう。
《訂正のルール》
●訂正箇所を、元の文字が見えるように、二重線で取り消します
※修正液や塗りつぶす等はしないようにしましょう
●正しい内容を、修正箇所の近く(横書きであれば上、縦書きであれば右)に書き込みます
※加筆の場合、挿入記号を忘れずに記入します
●訂正箇所の二重線に重なるように、訂正印を押します
●訂正した箇所の近くの余白に、削除または加筆した文字数を書き、署名します
●「付記」を記入します(横書きであれば一番下、縦書きであれば一番左)
自筆証書遺言の疑問点は弁護士にお任せください
第三者の手を借りることなく、自分で作成できる自筆証書遺言。
残される家族たちのことを思って、遺言書を書かれるケースがほとんどだと思います。
それなのに、不備があったせいで遺言書が無効になるなんてことは避けたいですよね。
遺言書を作成される際には、一度専門家である弁護士にご相談ください。
弁護士に相談することで、有効な遺言書の作成から執行までを行うことができます。
《弁護士に依頼するメリット》
- 時間と労力を要する財産調査がスムーズに行えます
- 遺留分を考慮しつつ、極力遺言者のご希望にそった遺言内容を考えられます
- 遺言執行者に、弁護士を指定することが可能です
- 万が一トラブルが発生した場合、法的なサポートが可能です
せっかく書いた遺言書が無効にならないよう、少しでも疑問なことがあれば、ぜひ私たちにお任せください。
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保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)