
監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
遺言書は、法的に効力をもっています。
亡くなった方(遺言者)の意思を尊重する意味で、遺言がある場合は、基本的に遺言の通りに遺産を分けることになります。
では、納得できない内容の遺言書や、本人の意思で書かれたのか疑わしい遺言書の場合、遺言を無効とすることはできないのでしょうか?
遺言が優先されるとはいえ、遺言に絶対的な効力があるわけではありません。
遺言によって遺言者の相続財産を受け取る人(相続人、受遺者)や、遺言執行者など、相続にかかわる全員の意見が揃えば、遺言を無効とすることが可能です。
もし、全員の意見が揃わない場合には、遺言の有効性について、裁判所に遺言無効確認の請求をする方法があります。
Contents
遺言無効確認訴訟(遺言無効確認の訴え)とは
- 特定の人だけが遺言で利益を得る
- 判断能力のない、認知症の人が書いた
- 遺言が、民法のルールに従って作成されていない
このような理由で、遺言が無効なのか有効なのか、相続人や受遺者の間で意見が分かれた場合、当事者同士の話し合いで解決できるのが望ましいですが、もし話し合いで解決しなければ、裁判所へ、遺言無効確認手続きを行うことになります。
《裁判所へ遺言無効確認請求をする方法》
①家庭裁判所へ、遺言無効確認の調停を申し立てる
調停委員が間に入って、合意を目指して話し合いを行います
⇩ ※調停で解決しない場合(不成立)
②地方裁判所へ、遺言無効確認訴訟を提起する
裁判所が、遺言の有効性について判決を下します
なお、調停を申し立てたとしても、解決の見込みがない場合は、いきなり②訴訟を起こすこともできます。
今回は、話し合いでは解決しないとして、②訴訟について、詳しくみていきます。
遺言無効確認訴訟にかかる期間
遺言無効確認訴訟は、時間がかかることを知っておいてください。
《遺言無効確認訴訟にかかる、おおよその期間》
- 訴訟を提起するまでの準備:数ヶ月
- 提訴から、第1審の判決が出るまで:約1~2年
- 控訴審(第1審の判決に納得できない場合):約半年~1年
- 上告審(第2審の判決に納得できない場合):約半年
遺言無効確認訴訟の時効
遺言無効確認訴訟に、時効(期限)はありません。
遺言者が亡くなってから、数年経過していても提起することが可能です。
ですが、時間が経過することで不都合が生じるケースもあります。
可能なかぎり、はやめに遺言無効確認訴訟を提起するようにしましょう。
《時間経過によって不都合が生じるケース》
①訴訟に必要な証拠資料が入手困難になる恐れがある
- 証拠資料の中に、保存期間が定められているものがあります(カルテ5年間、介護記録2年間)
- 遺言者の筆跡を示す書類を、処分される可能性があります
②遺留分侵害額請求には、消滅時効がある
- 遺言無効確認訴訟が敗訴して、遺言が有効とされた場合に備えて、遺言無効確認訴訟と並行して、遺留分侵害額請求を主張するケースもありますが、遺留分侵害額請求は、相続の開始および遺留分侵害の事実を知った日から1年で時効となります
遺言無効確認訴訟の準備~訴訟終了までの流れ
ここからは、遺言無効確認訴訟の準備から、訴訟終了までの流れをみていきましょう。
証拠を準備する
遺言を無効と主張するポイントを明確にして、それを裏付ける証拠資料を収集しましょう。
①本当に遺言者が書いた?遺言書の自筆性を争う場合
遺言書以外に、遺言者が作成した、筆跡を示す書類をいくつか準備しましょう
例)日記、年賀状、手紙など
②認知症の人が書いたから無効?遺言能力を争う場合
遺言書を作成した当時や、その前後の時期の、遺言者の遺言能力を判断するための資料を準備しましょう
例)病院のカルテ、主治医の診断書、介護施設の介護記録など
遺言無効確認訴訟を提起する
遺言の無効を主張するポイントをおさえ、遺言無効確認訴訟を提起しましょう。
訴訟を提起した人が原告となります。
- 訴訟相手(被告)
遺言を有効と主張する、相続人や受遺者です。
遺言で指定された遺言執行者がいる場合は、遺言執行者が被告になります。
※訴訟の判決効力は、訴訟当事者のみに及ぶため、
遺言によって利益を得る当事者全員を被告とすることも可能です。 - 必要な書類
①訴状
②遺言書
③関連書類(亡くなった方や相続人の戸籍謄本、財産を証明する書類など) - 管轄裁判所
被告の住所地、または亡くなった方の相続開始時の住所地を管轄する地方裁判所(簡易裁判所) - 訴訟提起のおおまかな流れ
裁判所への訴状提出➡裁判所受付、審査➡被告に訴状、期日呼出状が届く➡裁判開始
勝訴した場合は、相続人で遺産分割協議
遺言無効確認訴訟に勝訴して、遺言の無効が認められた場合は、遺言の内容に従う必要がなくなるので、相続人同士で、遺産分割協議を行うことになります。
ただし、遺言書自体は無効だとしても、死因贈与契約としては有効となるケースがあり、この場合は、該当する部分のみ、遺言に従って相続財産が贈与されます。
遺産分割協議については、以下のページで解説していますので、ぜひご覧ください。
遺留分侵害額請求とは遺言無効確認訴訟で敗訴した場合
遺言無効確認訴訟で敗訴して、遺言が有効であると判決が確定した場合、遺言の内容に従って、相続(遺贈)の手続きを行うことになります。
遺言によって、遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額請求をするかどうか、検討することが可能です。
また、敗訴の結果に納得がいかない場合には、判決確定前に訴訟の手続きを行い、控訴審で争うこともできます。
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遺言が無効だと主張されやすいケース
遺言が無効だと主張される代表的なケースとして、認知症の人が書いた遺言書があります。
ほかにも、遺言が無効だと主張されやすいケースをご紹介します。
これから遺言を作成される方も、ぜひご参考になさってください。
認知症等で遺言能力がない(遺言能力の欠如)
「認知症の人が書いた遺言書は無効?有効?」
よく争われるケースです。
遺言書が無効か、有効かを判断するには、遺言の作成時や、その前後に、遺言者に遺言能力があったかどうかが重要になります。
●遺言能力
- 満15歳以上であること
- 自分の財産状況を把握したうえで、誰になにを相続させると、どんな効果が生まれるかを判断できること
認知症の人でも、症状が軽度であれば、遺言能力はあると判断されることがあります。
逆に、家族の顔すらわからないような重度の症状であれば、遺言能力の欠如が疑われ、この状況で書かれた遺言は、無効とされることがあります。
遺言書の様式に違反している(方式違背)
遺言書には、民法で定められた様式があります。
定められた様式に違反している(方式違背)遺言書は、法的な効力を失うことになります。
遺言書は、大きく3つの種類があって、それぞれにルールがあります。
公証役場で、公証人が正式な手続きで作成する公正証書遺言でも、ごくまれに無効となるケースがあります。
遺言書の種類ごとに、遺言が無効とされるポイントをまとめましたので、ご参考ください。
自筆証書遺言 | 秘密証書遺言 | 公正証書遺言 |
---|---|---|
●遺言者の手書きではない (財産目録を除く) ●遺言書に署名、押印、 特定できる日付がない ●加筆や修正が 正式な方法で行われていない |
●遺言書に署名、押印、 特定できる日付がない ●加筆や修正が、 正式な方法で行われていない ●証人として、不適格な人が 立ち会った |
●証人として、不適格な人が 立ち会った |
相続人に強迫された、または騙されて書いた遺言書(詐欺・強迫による遺言)
相続人などの利害関係者や第三者に、騙されたり(詐欺)強制されて(強迫)書かされた遺言は、当然ながら無効になります。
あくまで遺言は、遺言者の自由意思によって作成されるべきものだからです。
遺言者が勘違いをしていた(錯誤による無効・要素の錯誤)
遺言者の勘違い(錯誤)によって作成された遺言書も、無効・取消となります。
遺言の重要な部分に関して、勘違いがなければ、この遺言の内容にはならなかったと認められる必要があります。
遺言者が既に死亡している中で、相続人が「遺言が錯誤によるもの」であることを証明しなければならず、難易度は比較的高めといえます。
共同遺言
遺言書は、単独で作成する必要があります。
夫婦や、複数人が同じ遺言書で遺言すること(共同遺言)は、本人の意思だけで、自由に遺言を撤回することができなくなることから、民法で禁じられています。
例えば、仲の良い夫婦が、子供に自宅を相続させたいと考え、同じ内容だから遺言書は1通でいいだろうと、お互いの署名をして遺言書を作成すると、残念ながら法的に無効となります。
この場合には、夫婦それぞれが「私より先に配偶者が亡くなっていれば、自宅は子供に相続させる」といった内容の遺言書を作成するようにしましょう。
公序良俗・強行法規に反する場合
法律の条文には、当事者の意思にかかわらず、強制的に適用される規定があり、これを強行法規といいます。
この強行法規の代表的な条文が、「公序良俗」に関するもので、「社会における一般的常識やルールに反する法律行為は、無効」というものです。
《条文の引用》
民法
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
遺言にあてはまる例として、よく耳にするのは、長年、献身的に連れ添った妻の立場を無視して、すべての財産を不貞関係にある愛人に遺贈するケースです。
不貞関係を維持・継続するために遺言書を作成し、それによって、残された妻の生活が脅かされるような状況は、世間一般からみても、とても許されるものではありません。
このような遺言は、無効となる可能性が高いでしょう。
遺言の「撤回の撤回」
遺言は、遺言者が亡くなるまでの間であれば、好きなタイミングで、自由に変更や取り消し(撤回)ができます。
一度、遺言を撤回した後で、再度遺言を撤回(撤回の撤回)して、最初の撤回をなかったことにすることはできるのでしょうか?
民法上では原則、撤回の撤回はできないことになっています。
※詐欺や強迫が要因となる場合は、撤回の撤回が認められるケースもあります
撤回前の遺言を復活させたい場合は、復活させたい内容の遺言を、改めて作成しなおす必要があります。
偽造の遺言書
偽造や変造された遺言書は、遺言者の意思ではないため、当然、法的に無効となります。
遺言書の中でも、自宅で保管されることの多い自筆証書遺言は、遺言書の存在を知る人によって、偽造・変造される可能性が高いといえます。
遺言書の偽造・変造された疑いがあることを証明し、遺言の無効を主張することになりますが、ほかにも、遺言書の保管状況や、遺言にいたる経緯、遺言作成時の遺言者の健康状態なども、偽造・変造を主張する上でのポイントとなります。
《偽造・変造が疑われるケース》
- 認知症や、利き手に麻痺があって、文字が書けないはずなのに、遺言書があるのは不自然
- 遺言者から聞いていた内容と、遺言書の内容が違う など
《偽造や変造を証明する方法》
- 遺言書作成当時の、遺言者の心身の健康状態や精神状態を、カルテや介護記録で証明する
- 遺言者の筆跡を示すため、①遺言書、②遺言者の手紙や日記、③疑わしい相続人などの手紙や日記で筆跡鑑定を行う
遺言が無効だと認められた裁判例
東京地方裁判所・平成31年3月7日判決・遺言無効確認請求事件では、遺言の偽造を理由として、自筆証書遺言が無効であると判断されました。
- 原告(相続人):遺言者の筆跡と違うなどを理由に、被告が偽造したとして、遺言の無効を主張
- 被告(相続人):被告の目前で作成した遺言書だから、間違いなく有効だと主張
《偽造と判断されたポイント》
- 特殊な状況下(健康状態)であっても、同一人物が自署したのであれば生じないであろう明らかな相違点が
筆跡鑑定で認められた - 遺言作成時の、遺言者の健康状況について、病院の診療記録や、医師の証言から
遺言者が単独で自署・押印できたとは考え難いとされた
以上から、被告の証言は疑わしく、包括的にみて、遺言書は被告によって偽造されたものとして、遺言が無効であると判断されました。
また同時に、被告による偽造行為は、相続欠格事由に該当すると判断され、該当相続について被告は、相続人の地位を有しないとされました。
遺言無効確認訴訟に関するQ&A
遺言無効確認訴訟の弁護士費用はどれくらいかかりますか?
遺言無効確認の訴訟にかかる弁護士費用は、事務所や弁護士によって異なりますが、だいたいは以下のようになっています。
●着手金:数十万円
●諸経費:数万円
●成功報酬:遺言の無効によって、依頼者が得ることになる遺産の金額の10~20%
参考までに、弁護士法人ALGでの弁護士費用は、以下のとおりです。
●着手金:66万円
●諸経費:3万3000円
●成功報酬:遺言の無効によって、依頼者が得ることになる遺産金額の22%
※事案の難易度によって変動します
遺言書を無効として争う場合の管轄裁判所はどこになりますか?
遺言無効確認訴訟は、遺言の有効性を争う相手方(被告)の住所地、または遺言者の相続開始時(死亡時)の住所地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所に提起することができます。
訴訟の当事者同士が合意で定める地方裁判所・簡易裁判所での提起も可能です。
弁護士なら、遺言無効確認訴訟から遺産分割協議まで相続に幅広く対応できます
遺言の有効性を争うのであれば、法律の専門家である弁護士を代理人とするのが安心です。
訴訟のために必要な書類を集めることもできますし、代理人として裁判期日への対応もできます。
話し合いでは解決できず、調停・訴訟となると、長期戦が予想され、精神的な負担も相当なものになるでしょう。
弁護士であれば、より最適な法的手段をもって、調停や訴訟だけでなく、訴訟で勝訴したあとに必要な遺産分割協議まで、幅広く対応することができます。
もちろん、法的に有効と認められる遺言書を作成したい場合のお手伝いも可能です。
「この遺言書は無効だ」と疑いをもたれたら、すみやかに弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)