
監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士
ご自身が相続人になったことを知ったら、ご自身に割り当てられた、亡くなった方(被相続人)の相続財産をどうするのか、選択することになります。
相続財産には、不動産や預貯金などの経済的に価値のあるプラスの財産と、借金やローンなどの支払い義務を負うマイナスの財産があります。
もし、被相続人の相続財産にマイナスの財産があったら、どうされますか?
一般的な選択方法は、マイナスの財産も含めてすべて受け取る「単純承認」か、その反対に、プラスの財産も含めてすべて受け取らない「相続放棄」の2択です。
ですが、この2択のほかに、マイナスにならない相続方法「限定承認」があります。
実際に利用されることが少ないため、「限定承認」という方法をご存じない方がほとんどだとおもいます。
今回はこの「限定承認」について、詳しくみていきましょう。
Contents
限定承認とは
限定承認とは、不動産や預貯金などの経済的に価値のある「プラスの財産」をすべて相続して、その範囲で、借金やローンなど支払い義務のある「マイナスの財産」を相続する方法です。
「プラスの財産」を超える「マイナスの財産」は相続しなくてよいため、相続による不利益を避けられる方法です。
以下に、限定承認を検討する、具体的なケースをご紹介します。
《限定承認が有利なケース》
- 借金やローンなどの、マイナスの財産がどれだけあるかわかならい
- 事業や家業を継ぎたい
- どうしても手元に残したい、プラスの財産がある
限定承認のメリット
プラスの財産の範囲内で、マイナスの財産を相続する「限定承認」には
①負債を負わない
②特定の財産を残せる
といった、メリットがあります。
負債を負うことがない
限定承認では、プラスの財産の範囲内で、相続した負債(マイナスの財産)を弁済します。
つまり、プラスの財産で弁済しきれない分は、負債を負わなくてよいことになります。
マイナスの財産がどれだけあるか不明な場合、単純承認と相続放棄、どちらを選択すべきか判断が難しくなります。
この場合に限定承認を選択すると、マイナスの財産をプラスの財産で弁済して、プラスの財産が残ればそれをそのまま相続することができます。
もしもマイナスの財産がプラスの財産を上回っていたとしても、プラスマイナス「ゼロ」で、負債を負うことはありません。
ただし、この場合、相続財産はいっさい手元に残らないため、注意が必要です。
連帯保証人の地位は受け継ぐことに注意が必要
相続では、被相続人が所有していた権利・義務を、相続人が受け継ぎます。
そのため、被相続人が連帯保証人となっていた場合、連帯保証人の地位・保証債務は、相続によって相続人が受け継ぐことになります。
※限定承認をした場合に、債権者から請求を受けると、プラスの財産の範囲内で支払い義務が生じます
特定の財産を残せる
自宅など、どうしても手放したくない相続財産がある場合、限定承認は有効な方法といえます。
相続放棄をしてしまうと、負債を負わずにすみますが、プラスの財産も取得できなくなってしまいます。
限定承認であれば、先買権(さきがいけん)という制度を利用して、特定の相続財産を残すことが可能です。
限定承認では、負債弁済のために、プラスの財産の売却が必要な場合には家庭裁判所で競売にかけられます。
限定承認した相続人が先買権を行使することにより、手元に残したい相続財産について、家庭裁判所で選任した鑑定人が評価し、相続人がその評価額を支払うことで、競売よりも先に、相続財産が取得できます。
ただし、相続人の資産から支払う必要がある点に、注意が必要です。
限定承認のデメリット
限定承認は、負債を負わずにすむことや、特定の相続財産を残せることから、メリットが大きいようにおもえますが、実際はデメリットのほうが大きく、限定承認が利用されることはほとんどありません。
相続人全員が限定承認する必要がある
限定承認は、相続人全員が共同で、家庭裁判所に申述をする必要があります。
だれかひとりでも限定承認に反対する相続人がいると、限定承認はできません。
また、被相続人の預貯金を引き出すなど、相続財産を処分した=単純承認した相続人がひとりでもいると、限定承認はできなくなってしまいます。
相続放棄であれば、ほかの相続人の合意を得ずに、ご自身だけで手続きを行えますが、限定承認は相続人全員の意見が一致する必要があることから、限定承認はあまり利用されることがありません。
相続放棄した人がいる場合
相続放棄した人は、その相続において、最初から相続人ではなかったことになるので、限定承認は、相続放棄をした人を除いた全員の合意のもと、家庭裁判所での手続きが必要です。
相続財産に手を付けることができない
限定承認後に、勝手に不動産を売却したり、預貯金を引き出すなど、いわゆる「相続財産の処分」行為をしてしまうと、単純承認したとみなされ、限定承認が無効となってしまいます。
相続財産から、社会的な常識の範囲内で葬儀費用を支払うなど、相続財産を処分しても、単純承認にならないケースもありますが、その判断基準はあいまいなため、基本的には、相続財産は手つかずのままにしておく必要があります。
限定承認が完了するまでに、長期間かかる場合もありますが、自己判断で相続財産を処分するのは危険なことを、ご承知おきください。
税金がかかってしまう場合がある
限定承認は、相続税と譲渡所得税の課税対象になります。
《相続税》
限定承認では、プラスの財産が上回る場合に、相続税が発生する可能性があります。
もっとも、基礎控除額を上回ることはまれなので、多くのケースで相続税はかからないでしょう。
《譲渡所得税》
限定承認をすると、税法上、相続財産は、被相続人が相続人に時価で売却したとみなされます。
(みなし譲渡)
不動産や株式など、取得時よりも相続開始時の方が時価が高くなっていて、差額が利益(含み益)となる場合みなし譲渡課税が発生します。
※単純承認では譲渡所得税は発生しません
《譲渡所得税が発生すると、準確定申告が必要です》
譲渡所得税は、被相続人が得たものとして、準確定申告が必要です。
相続人は、準確定申告書を作成し、税務署に申告する必要があります。
この申告期限は、原則、相続開始を知った日の翌日から4ヶ月間です。
申請までに手間や時間がかかる
限定承認は、家庭裁判所に申述を行うまでに、時間や労力を要します。
まず、相続人全員が共同して申述を行う必要があることから、早急に相続人調査を行い、全員に、限定承認の手続きへの協力を取り付けなければならず、時間がかかることが想定されます。
また、相続財産の目録も必要になるため、相続人と合わせて、相続財産の調査が必要になります。
受理された後も、更に手続きがある
限定承認の申述が受理された後も、更に煩雑な手続きを行うことになります。
申述を行う前よりも、はるかに多くの時間と労力を要します。
相続人のなかから家庭裁判所に選任された相続財産管理人は、申述受理から10日以内に、限定承認したことおよび債権の請求をすべき旨を官報に掲載し、公告します。
なお、相続人がひとりの場合は、その人が限定承認者となり、申述受理から5日以内に公告します。
その後、相続財産を換価して、債権者などに弁済するなどの清算手続きを行います。
※具体的な手続き方法については後述します
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
限定承認の手続き方法
限定承認は、期限内に、相続人全員(相続放棄をした人を除く)が共同で、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述を行います。
限定承認に必要な書類
限定承認に必要な書類は、以下のとおりです。
●申述書
●財産目録
●標準的な添付書類
①被相続人の、生まれてから亡くなるまでの、連続したすべての戸籍謄本
②被相続人の住民票の除票、または戸籍附票
③相続人全員の戸籍謄本
※このほか、家庭裁判所より提出を求められる書類
限定承認の手続きの流れ
限定承認の手続きについて、おおまかな流れをご紹介します。
①相続人調査・相続財産調査
だれが相続人になるのか、被相続人の戸籍謄本などを取得して調査します
同時に、どのような相続財産があるのかを調査します
②相続人全員に連絡
だれかひとりが相続財産を処分してしまうと、限定承認できなくなってしまうため
はやめに、限定承認への協力を取り付けましょう
③申述書と財産目録の作成
申述には被相続人や相続人の戸籍謄本などを取得する必要もあります
④限定承認の申述
申述期限内に、家庭裁判所に申述書を提出します
⑤限定承認申述受理・相続財産管理人選任の審判
限定承認申述受理の審判がなされると、家庭裁判所から限定承認受理について通知書が申述人宛に届きます
同時に、相続人が複数いる場合、家庭裁判所によって相続財産管理人選任の審判がなされます
⑥債権申出の公告・催告(官報公告期間:2ヶ月以上)
相続財産管理人は受理審判後10日以内に、限定承認者は受理審判後5日以内に「限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨」を官報に公告します
なお、この時点で判明している相続債権者には、別途、請求申出を催告します
⑦鑑定人選任の申立て・先買権の行使
相続人が先買権を行使する場合は、家庭裁判所に鑑定人の選任を申立てます
鑑定の評価額を相続人が自分の負担で支払うことができれば、その相続財産を取得することができます
⑧相続財産の管理・換価
限定承認者、または相続財産管理人は、相続財産を管理しながら
順次、相続財産を競売にかけて、お金に換えていきます
⑨請求申出を行った相続債権者・受遺者への弁済
官報公告期間満了後、限定承認者、または相続財産管理人は、相続財産をすべて換価しその金銭を、請求申出してきた相続債権者や受遺者に弁済します
※相続債権者が優先
相続財産が不足する場合は、債権者ごとに、債権額の割合に応じて按分弁済します
⑩残余財産の処理など
相続債権者と受遺者への弁済後に残った相続財産(残余財産)は、相続人が取得します
※相続人が複数いる場合は、遺産分割
ただし、請求申出しなかった債権者や受遺者が、後から請求申出してきた場合は残余財産から弁済する必要があります
費用
限定承認に必要な費用は以下のとおりです。 申述に必要な費用は、ほかの相続手続きとほぼ同額ですが、申述以外に必要な費用は、ほかの相続方法と比べると負担が大きくなる傾向があります。
●申述費用/証明書類の収集
(戸籍謄本1通につき450円、除籍・原戸籍謄本1通につき750円など)
●申述費用/収入印紙(相続人の人数にかかわらず一律800円分)
●申述費用/連絡用の郵便切手(各家庭裁判所によって必要額は異なります)
●官報公告費用/おおよそ4万円前後
●鑑定費用/約数十万円
など
限定承認の期限は3ヶ月
限定承認の申述期間は、原則、ご自身が相続人になったことを知った時から3ヶ月以内です。
この期間は、相続方法について検討する期間であることから、熟慮期間ともよばれます。
もしも期間内に、相続方法を決定できない事情がある場合は、家庭裁判所へ「相続の承認又は放棄の期間の伸長の申立て」を検討しましょう。
熟慮期間内に伸長の申立てをすることで、期間を延長できる場合があります。
万が一3ヶ月を過ぎてしまうと、単純承認したとみなされ、原則は、限定承認ができなくなってしまいます。
限定承認についてご不明な点はぜひご相談下さい
限定承認は、単純承認や相続放棄にくらべて、手続きが非常に煩雑で、時間と労力を要するほか、費用の負担も大きくなります。
それなのに、最終的に相続財産が手元に残らないことが多いため、限定承認が実際に利用されることは、ほとんどありません。
それでも限定承認を検討されたい方、また、限定承認に限らず、相続についてなにかお困りの方は、一度弁護士にご相談ください。
-
保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)