労務

就業規則変更による不利益変更をする場合の注意事項

広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士

  • 不利益変更

就業規則を備えている会社は多いと思いますが、就業規則の変更を行う際、どのような点に注意すればいいのかといった点について疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

以下では、就業規則の変更にあたって、いかなる点に注意すべきかといった点について解説していきます。

就業規則の変更による不利益変更とは

前提として、就業規則とは、労働者全体に対して適用される労働条件及び職場規律について使用者が定めた規則を指します。

すなわち、就業規則は、使用者と労働者との間で定められた労働条件等に関するルールです。

すると、このルールを変更することによって、従前使用者と労働者との間で定められていた労働条件等について、労働者に不利益な条件へと変更することができます。

これを、就業規則の変更による不利益変更といいます。

会社が就業規則を一方的に不利益変更することはできない

それでは、使用者、すなわち会社が就業規則を一方的に不利益変更することができるのでしょうか。

この点については、法律上、基本的には会社が一方的に就業規則を不利益変更することができないとされています(労働契約法9条本文)。

ただし、一定の条件を満たす場合には、労働者の合意なく、就業規則を不利益変更することも可能です(同法10条)。

以下でこれらについて詳しく解説していきます。

就業規則の変更により不利益変更を行う方法

就業規則の変更により不利益変更を行う方法としては、大きく以下の2つの方法があります。

  1. 労働者と合意することで、就業規則を変更し労働条件の不利益変更を行う
  2. 就業規則の変更が合理的であって、かつ労働者への周知を行うことで、労働者との合意を得ることなく、労働条件の不利益変更を行う

それでは、②の「就業規則の変更が合理的」といった点や、「周知」といった点は具体的にどのような内容を意味しているのでしょうか。

以下では、これらの点について詳しく解説していきます。

就業規則を不利益変更する場合の「内容面」での注意事項

まず、就業規則を不利益変更する場合の「内容面」について解説していきます。上記3②の「就業規則の変更が合理的」という点についても解説していきます。

就業規則の不利益変更に合理性がある

すでに、述べたように一定の条件下では、労働者と合意をすることなく会社が就業規則を一方的に不利益変更することができます。

そして、法律がそのような一方的な不利益変更を行う場合に要求している条件が、就業規則の変更が合理的であるというものになります(労働契約法10条)。

このように、就業規則の不利益変更に合理性があることが、労働者の合意なく就業規則を不利益変更する場合の条件になっているのです。

「合理性」を判断する基準とは?

それでは、就業規則の不利益変更が合理的と判断するにあたっては、どのような基準に従い判断すべきなのでしょうか。

この点について、法律上、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして」合理的なものであるかを判断するとされています(労働契約法10条)。

具体的には、労働条件の変更の必要性と変更により労働者が受ける不利益の内容・程度等が釣り合っているかを判断した上で、労働組合等ときちんと意見交換等をしつつ就業規則の不利益変更をしているのかという変更の過程を加味して、合理的であるか判断するということになります。

法令や労働協約に反する内容であってはならない

なお、不利益変更後の就業規則が、法律や命令等又は労働協約に違反している場合には、当該就業規則への不利益変更について合理性は認められません。

法律上、就業規則は当該事業場において適用される法律や命令等及び労働協約に反してはならないと定められているからです(労働基準法92条)。

就業規則を不利益変更する場合の「手続面」での注意事項

ここまで、就業規則を不利益変更する場合の「内容面」での注意事項について述べてきましたが、以下では、就業規則を不利益変更する場合の「手続面」での注意事項について解説していきます。

上記3②の「周知」という点についても解説していきます。

従業員代表者の意見書が必要

まず、就業規則を不利益変更する場合には、従業員代表者に当該変更についての意見を聞かなければなりません(労働基準法90条)。

この従業員代表者とは、法律上、

  1. 労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合
  2. そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者

がなるとされます(同条)。

このようにして選ばれた従業員代表者に、変更後の就業規則について、意見書という形で意見を述べてもらう必要があります。

ただし、この意見を聞くというのは、文字通り意見を聞くというものでしかなく、同意を取らなければならないというものではありません。

したがって、仮に従業員代表者が、絶対反対するという意見を述べたとしても、意見は聞いている以上、就業規則の効力に影響はありません。

変更後の内容を従業員に周知しなければならない

次に、不利益変更をした就業規則の内容について、従業員に「周知」しなければなりません。

すでに、述べたように一定の条件下では、労働者と合意をすることなく会社が就業規則を一方的に不利益変更することができます。

そして、法律がそのような一方的な不利益変更を行う場合に要求している条件が、上述した変更の合理性と、変更後の内容の従業員への「周知」となっています。

したがって、就業規則を不利益に変更しその効力を発生させるには、従業員への周知が不可欠になってきます。

就業規則の適切な周知方法とは?

それでは、どのようにすれば、適切に「周知」されたといえるのでしょうか。

法律上は、周知の方法として、常に各事業場の見やすい場所に掲示し、備え付け、又は書面を渡すことを定めています(労働基準法106条)。

なお、コンピューターを使用した方法によっても問題はありません。

一方的な不利益変更や周知義務を怠った場合は罰則の対象?

ここまで、就業規則の不利益変更の際の注意点等について解説してきましたが、それらの注意点に違反した状態で就業規則の不利益変更等を行った場合に、何らかの罰則があるのでしょうか。

結論からいうと、何ら罰則はありません。しかし、当該就業規則の不利益変更は有効なものと認められないので、会社と労働者との間の労働条件等のルールは、不利益変更前の従前の就業規則によることになります。

就業規則による不利益変更でトラブルにならないためには

就業規則の不利益変更については、既に述べたように、労働者との合意がある場合が基本ですが、例外的に労働者との合意がなくとも就業規則の不利益変更が可能な場合があります。

しかし、そのためには、就業規則の不利益変更が合理的であって、かつ労働者に対し周知がされているという条件を満たす必要があることはここまで解説してきた通りです。

6で述べたように就業規則の不利益変更の効果が認められず、労働者との間でトラブルになる可能性を防ぐには、このような条件を満たしているか確認しつつ、就業規則の不利益変更を進めることが肝要です。

就業規則の不利益変更について争われた裁判例

今回は、就業規則の不利益変更の合理性が争われたケースで、就業規則の不利益変更の合理性が認められたケース(第四銀行事件)について紹介します。

事件の概要

地方銀行Aは、定年を55歳とした上で、定年後58歳までは、54歳時を下回らない労働条件での在職を認める就業規則を置いていました。

その後、Aは、行員の90%が所属する労働組合と交渉を行った上で、定年を60歳に延長する代わりに、55歳以降の年間賃金を54歳時の63~67%とするような就業規則の変更を行いました。

この変更により、従前の就業規則の下では58歳まで勤務すれば得られた賃金額を得るには、60歳定年近くまで勤務しなければいけなくなり、この意味で就業規則の不利益変更がされたという事案です。

原告は、このような不利益変更の効力が自身には生じないと主張し争いました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、原則として、就業規則の変更により労働者の既得権を一方的に奪うことはできないが、当該変更後の就業規則が合理的なものである限りは、個々の労働者が合意せずとも、その適用があるとの判断基準を述べた上で、本件の就業規則の変更は合理的なものではないとまではいえないとして、原告の請求を棄却しました(最高裁平9.2.28第二小法廷判決)。

ポイント・解説

本件で就業規則の変更の合理性を検討するにあたり、裁判所は、原告である労働者が本件就業規則の変更により被る不利益の大きさと、本件就業規則変更の必要性及び本件変更後の就業規則の内容の相当性とが釣り合っているかを、具体的な事情をあげつつ検討しています。

具体的には、裁判所は、本件就業規則の変更により労働者である原告が被る不利益は相当なものであるとしつつも、60歳定年制の導入が国家的な政策課題であったことや、定年延長に伴う人件費の増大等にも対処する必要性があったといったように具体的な事情を拾いつつ、本件就業規則の変更の必要性が高度であったことを述べています。

そうすると、もし仮に、本件においても60歳定年性の導入の必要性がそこまでないのに、あえて導入し賃金水準を下げたという場合には、労働者である原告が受ける不利益に釣り合っていないとして、就業規則の不利益変更が合理的なものではないと判断された可能性があります。

なお、裁判所は、上記つり合いをみた上で、Aの行員の90%で組織される労働組合との間で、交渉等をしたことをもって、一応労使間での利益調整がされたとして、本件就業規則の変更について合理的なものであるとも述べています。

ここから、裁判所としては、就業規則の不利益変更の合理性の判断にあたっては、会社と従業員との間で交渉等のやり取りをしたという事情を考慮していることが明らかです。

このため、仮にこのような交渉等が一切なかった場合には、就業規則の不利益変更が合理的なものではないと判断された可能性もあります。

以上から、裁判所としては、労働条件の変更の必要性と変更により労働者が受ける不利益の内容・程度等が釣り合っているかを判断した上で、労働組合等ときちんと意見交換等をしつつ就業規則の不利益変更をしているのかという変更の過程を加味して、合理的であるか判断しているものといえます。

就業規則による不利益変更で労使トラブルとならないよう弁護士がサポートいたします

ここまで解説してきたように、就業規則の不利益変更は注意すべき点が多く、従業員が、就業規則の不利益変更により変更された労働条件に不満を抱きトラブルになった場合、就業規則の不利益変更の条件を適切にクリアしていない限り、就業規則の変更の効果が認められないということになってしまいます。

労務分野に深い理解を持つ弁護士であれば、就業規則の不利益変更に関して条件を満たしているかについて的確に判断することを通じて、後の労働者との間の紛争を予防することが可能です。ご不安点があれば、まずは専門家である弁護士にご相談ください。

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広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長
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