労務

労働条件の明示をメールでする場合の明示すべき事項とは

広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士

  • 労働条件

使用者は、労働契約を締結するにあたり、労働者に対して一定の労働条件を明示しないといけないとされています(労働基準法15条1項等)。

従来、この労働条件の明示は書面で行うこととされていましたが、平成31年4月施行の法改正により、一定の条件下で電子メールによる労働条件の明示が解禁されました。

この記事では、電子メールによる労働条件の明示を含め、労働条件の明示について解説していきます。

「労働条件の明示」とは

そもそも、上述の通り、法律上、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間等一定の労働条件を明示する必要があるとされています。これを労働条件の明示といいます。

例えば、労働基準法が明示を要求する労働条件の内容は以下の通りです。

  1. 労働契約の期間に関する事項
  2. 有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項
  3. 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
  4. 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
  5. 賃金の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締め切り及び支払いの時期並びに昇給に関する事項
  6. 退職に関する事項
  7. 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
  8. 賞与等に関する事項
  9. 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
  10. 安全及び衛生に関する事項
  11. 職業訓練に関する事項
  12. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
  13. 表彰及び制裁に関する事項
  14. 休職に関する事項

さらに、パートタイム労働者や建設労働者といった労働者の属性に応じて、明示が必要となる労働条件が変化することもあります。

上述した建設労働者を例に挙げると、建設労働者の場合、雇い入れる事業主の氏名又は名称、雇い入れに係る事業所の名称および所在地、雇用期間、従事すべき業務の内容を明らかにすることが求められます(建設労働者の雇用の改善等に関する法律7条)。

このように、労働条件の明示義務は、労働者の属性にも着目してその明示の範囲が定められることに注意する必要があります。

2019年4月から電子メールによる労働条件の明示が可能に

上述のような労働条件の明示は、従来、文書の交付によることが義務付けられてきました。

しかし、2019年4月に施行された改正労働基準法施行規則により、労働者が希望した場合に限り、電子メール等の送受信による労働条件の明示が可能になりました。

なお、この電子メール等には、gmail等のWEBメールサービスの他、LINEやメッセンジャー等のSNSメッセージ機能も含まれます。

労働条件の明示をメールでする場合の明示すべき事項とは

それでは、労働条件の明示をメールでする場合の、メールで明示するべき事項はどのようなものなのでしょうか。

一般的に、メールで労働条件の明示を行う場合、明示すべき事項の内容については、従来通りの書面の交付による場合と異なりません。

そこで、以下では、明示すべき労働条件の内容について解説していきます。

必ず明示しなければならない事項

労働条件の中には、いかなる場合においても絶対明示しなければならないものがあります。これを絶対的明示事項といいます。

以下では、絶対的明示事項とされる5つの事項について解説していきます。

労働契約の期間に関する事項

労働契約の期間に関する事項とは、例えば有期労働契約の期間が該当します。なお、無期労働契約の場合には、逆に無期であること、すなわち期間の定めがないことが該当します。

なお、有期労働契約の場合には、労働期間に加え、有期労働契約を更新する際の基準や有期労働契約更新の上限回数の明示が必要となりますので注意が必要です(労働基準法施行規則5条1項第1号の2)。

就業場所・従事すべき業務に関する事項

これは、最近の労働基準法施行規則の改正に伴い、令和6年4月1日以降に労働契約を締結・更新する労働者に対して明示が必要となる事項です。就業場所と業務の変更の範囲について、明示が必要とされます。

就業場所と業務とは、労働者は通常就業することが想定されている就業の場所と、労働者が通常従事することが想定されている業務を指すとされています。

そして、変更の範囲については、今後の見込みも含めた変更の範囲と理解されています。

したがって、例えば、対象労働者が、事業場以外にもテレワークを行うことが想定されている場合には、テレワークの場所となる労働者の自宅等も明示しておく必要があります。

労働時間・休日・休暇等に関する事項

労働時間については、始業及び終業の時刻を具体的に記載する必要があります。

この他にも、所定労働時間を超える労働が存在するのかといったことや、休憩時間はどれくらいなのか、休日はいつであるのかといった事項について、具体的に記載することが求められます。

賃金に関する事項

賃金に関する計算方法、支払いの方法、締切日、及び賃金の支払いの時期といった事項について具体的に記載することが求められます。

なお、ここでいう賃金には、退職手当は含まれません(労働基準法施行規則5条1項第3号)。

退職に関する事項

条文上、解雇の事由も含むとされています。したがって、ここで明示すべき事項としては、退職の事由及び手続、解雇の事由及び手続になるでしょう。

口頭のみの明示でもよい事項

最初に述べたように、ここまで解説してきた絶対的記載事項と呼ばれる労働条件の他にも、明示が要求される労働条件があります。

例えば、賞与等に関する事項等が挙げられます。これらの事項は、当該事項に関する定めがある場合にのみ、使用者は、労働者に対し明示しないといけないとされるもので、相対的明示事項とも呼ばれます。

法律上は、絶対的明示事項については、書面の交付といった一定の方法で労働条件を明示しないといけませんが(労働基準法施行規則5条3項)、相対的明示事項についてはこのような定めはありませんから、口頭で明示しても問題ありません。

しかし、口頭で明示した場合、後々、言った・言わないの紛争になりかねませんから、上述した相対的明示事項についても、絶対的明示事項と同じく書面の交付や、後述するメールによる明示によった方が良いでしょう。

パートタイマーへの明示の例外について

ここまでで述べたように、労働者への労働条件明示は、労働者の属性にも着目して変化します。パートタイマーについても、正社員と比較して明示事項の例外が存在します。

まず、パートタイマーについては、上述した明示が要求される労働条件については、同様に明示が要求されます。

それに加えて、以下の事項の明示が必要とされます(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律6条1項、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律施行規則2条)。

  1. 昇給に関する事項
  2. 退職手当に関する事項
  3. 賞与の有無に関する事項

このように、パートタイマーに対しては、通常の労働者に比して、明示すべき事項の範囲及び明示を求める根拠となる法律が異なりますので、労働条件の明示に当たっては、特に注意が必要でしょう。

労働条件の明示をメールで行う際の注意点

ここまで、どのような労働条件を明示する必要があるのか、また労働者の属性によって明示すべき労働条件が変化するのかについて述べてきました。

それでは、このような労働条件の明示をメールで行う際のどのようなことに注意をすればよいのでしょうか。

以下では、労働条件の明示をメールで行う場合の注意点について解説していきます。

労働者がメールでの明示を希望していること

最初に述べたように、労働条件の明示をメールで行うことは、一定の場合に限定されます。

労働基準法施行規則5条4項及び同項但し書きによれば、法律上はあくまで労働条件の明示は書面の交付によることを原則にしつつも、当該労働者の同意があった場合に限り、書面に代わりメールで労働条件の明示を行うことを認めています。

したがって、労働条件の明示をメールで行うには、労働者がメールで労働条件の明示を希望していることが絶対条件となります。

書面として出力できるものに限られる

次に、労働条件明示をメールで行う場合、労働者が電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができることが法律上要求されます(労働基準法施行規則5条4項2号)。

この点、通常の電子メールにPDF等のファイルを添付して、送信する場合には、かかる法律の要求を満たすことが通常でしょう。

他方、SMS等により明示を行おうとした場合、PDF等のファイルを添付できないことや、文字数制限の関係上印刷した際に文章が途切れてしまったりすることから、SMS等で明示すること自体は禁止されていませんが、望ましくありません。

したがって、電子メールにPDF等のファイルを添付して送信するのが良いでしょう。

本人のみが閲覧できるように送信すること

ここまで述べてきた以外にも、法律上、労働条件明示をメールで行う場合には、「受信する者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」であるとの条件を定めています(労働基準法施行規則第5条4項2号)。

「受信する者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」とは、つまるところ、本人のみが閲覧できるように送信することを意味しています。

このため、例えば第三者も閲覧できるような労働者のブログのような場所に書き込んだとしても、本人のみが閲覧できるように送信されていないので、上記要件を満たしません。

メールが到達したことを確認すること

仮に労働条件を明示した内容のメールを送信したとしても、そのメールが労働者に対し到達しているのか確認する必要があります。

労働者が受信拒否設定を解除していなかった場合、労働者は、その使用者からの労働条件を明示したメールを確認できませんから、労働者に対して労働条件の明示がされていないと判断されるリスクが発生します。

このようなリスクを回避するためにも、上記メールが労働者に届いているのか確認するようにしましょう。

メールで労働条件を明示するメリットとは?

メールを利用した場合、書面を交付して労働者に労働条件を明示する場合に比べ、圧倒的に早く労働者に対し労働条件を明示することができます。

また、メールを利用することにより、労働者に対しメールをしたという記録も残りますから、後々書面を交付した・していないといったトラブルを防ぐこともできます。

メールで労働条件を明示することには、このようなメリットが考えられるでしょう。

明示義務に違反した場合の罰則

労働基準法が定める労働条件の明示義務に違反した場合には、最大で罰金30万円以下という刑事罰を受ける可能性があります(労働基準法120条、15条1項)。

さらに、メールで労働条件の明示を行う場合には、ここまで述べてきたような一定の条件が追加されますが、上述した一定の条件を守らない場合には、例えメールで労働条件の明示を行ったとしても、適法な労働条件の明示がされていないとして、上述の最大30万円の罰金という刑事罰を受ける可能性があります。

メールによる労働条件の明示でトラブルとならないよう、労働問題に強い弁護士がアドバイスいたします。

従来までの書面による労働条件の明示以外にも、労働条件明示の方法としてメールによることが解禁されたことで、迅速に労働者に労働条件の明示ができるようになるといったことや、労働者に対し労働条件の明示を行ったという証拠を残せるようになっています。

しかし、労働条件明示をメールで行うことで、このようなメリットが発生する一方、ここまで解説してきたように労働条件の明示を適切にメールで行わなければ、適法な労働条件の明示と認められず、刑事罰を受けてしまう可能性もあります。

また、明示すべき労働条件の内容についても、労働者の属性ごとに異なる点があり、労働基準法施行規則以外の法律が根拠となる場合もあり複雑です。

このように複雑な労働条件の明示についても、労務分野に深い理解を持つ弁護士であれば、状況に合わせ、的確にメールでの労働条件の明示に関するサポートをすることが可能です。

ご不安点があれば、まずは弁護士までご相談ください。

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広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長
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