労務

残業代請求対応、未払い賃金対応

広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士

労働者から未払い賃金、特に未払い残業代を請求されることがあります。本当に未払い賃金が発生していたら払わなければなりませんが、労働者の勘違いによって請求されるケースも少なくありません。

また、生活費を稼ぐこと等を目的として残業する労働者もいるため、そのような残業を防止するための対策を講じることも重要です。

この記事では、未払い賃金を請求されないための対策や、請求されたときに行うべき対応、有効な反論、解決するときの注意点等について解説します。

未払い賃金・残業代請求のリスク

残業代等の賃金について以下のような取り扱いを行っている場合には、未払い賃金が発生しているおそれがあるため、すぐに弁護士等に相談することをお勧めします。

  • 労働時間は自己申告することになっており、残業はしていないことになっている
  • 基本給が十分な金額となっており、残業代も含めて支払っている
  • 固定残業代等の制度があるので残業代を追加で支払うことはない
  • 職務手当等を残業代の代わりに支給している
  • 課長や部長等の管理職には残業代を支払わないことになっている
  • 残業の許可や命令を行っていないので残業代を支払っていない
  • 始業時間の10分前には仕事を始めるように指導している
  • 1日につき15分未満や30分未満の残業については残業代を支払っていない
  • 全員参加の朝礼や体操、着替え、掃除等の時間については労働時間に含めていない

賃金の支払いに関する法律上の定め

賃金の支払いには、次のような5つの原則があります。

  • 通貨払いの原則
  • 直接払いの原則
  • 全額払いの原則
  • 毎月1回以上払いの原則
  • 一定期日払いの原則

残業代は賞与ではなく賃金であるため、残業代を支払わないことは、5つの原則のうち「全額払いの原則」に違反していることになります。
また、残業代を後日、まとめて支給している場合等には「毎月1回以上払いの原則」にも違反します。

また、労働時間が法定労働時間を上回った場合には、超過分について25%以上の「時間外労働割増賃金」が発生します。
この割増賃金についても、支払わなければ違法となります。

法定労働時間は、一般的には以下のように定められています。

  • 1日8時間以内
  • 週40時間以内

残業代支払いの事前防止策

残業代の支払いを防止するために、事前に行える対策として以下のようなものがあります。

  • 残業を許可制にする
  • 許可していない残業を正当な理由なく行った労働者への注意や懲戒を行う
  • 労働者を増やして1人あたりの業務量を減らす
  • 業務効率を改善するための取り組みを行う
  • 賃金体系を年功序列型から成果主義型に変更する

労働者の中には、残業代を稼ぐために、わざと仕事を怠ける者がいます。
そのため、残業は許可したとき以外には認めず、許可のない残業を行った労働者を注意する必要があります。
何度も注意しても改善しない場合には、懲戒処分を検討しましょう。

ただし、単に残業を禁止するだけでは、サービス残業を増やす等のリスクが生じてしまいます。
そのため、残業をしなくても問題のない職場環境を整えましょう。

また、仕事のできる労働者については、待遇面で正当な評価を行うことも重要です。

未払い残業代の支払い義務と罰則

残業代は支払う義務があり、支払わなければ6ヶ月以下の懲役刑または30万円以下の罰金刑に処せられるおそれがあります(労働基準法119条1号)。

残業時間の立証責任

残業時間を立証する責任は労働者側にあります。そのため、労働者が残業したと主張しても、それを証明できないのであれば残業代を支払う義務が生じません。

しかし、タイムカード等に出社時間や退社時間の記録が残っている場合には、実際には労働していない時間が記録されていたとしても、労働時間として推定されるおそれがあります。

そこで、記録された労働時間が実際よりも長時間になってしまっている場合には、反証を提示する必要があります。

未払い賃金請求の対応

未払い賃金を請求された場合、本当に未払い賃金があるならば、すぐに全額を支払うようにしましょう。
支払を遅らせると、遅延損害金が増えてしまうリスク等が生じてしまいます。

しかし、未払い賃金の請求が不当であるならば、その旨の反論を行いましょう。

初動対応の重要性

労働者から未払い賃金を請求されたときには、初動が重要となります。
対応を誤れば、紛争が悪化するリスクがあります。

請求を受けたときに無視してはいけません。
無視をすると、労働審判の申立てや労働基準監督署への相談等、外部に話が広がってしまうおそれがあるからです。

また、労働者も感情的になるため、穏便な解決が難しくなってしまいます。

請求を放置した場合のリスク

退職した労働者から請求された未払い賃金を放置した場合には、遅延損害金が発生します。
さらに、裁判等で悪質だとみなされると付加金の支払いも命じられて、本来の倍の金額を支払うリスクがあります(労働基準法114条)。

また、使用者等が刑事罰を受けるリスクや、世間からブラック企業だと思われてしまうリスク等もあります。

会社側が主張すべき反論

未払い賃金・残業代を請求された場合において、労働者側の主張が正当でないケースでは、主に以下のような反論を行うことができます。

  • 未払い賃金・残業代は発生していない
  • 会社の許可なく残業をしていた
  • 管理監督者からの請求である
  • 定額残業代として支払い済みである
  • 消滅時効が成立している

これらの反論について、次項より解説します。

未払い賃金・残業代は発生していない

労働者側が主張している労働時間が誤っていれば、未払い賃金の請求を拒否できる可能性があります。

例えば、未払い賃金を請求した労働者が、無断で毎日1時間の余分な休憩をしていた場合であれば、その1時間は労働時間にはなりません。

また、労働者が終業時刻の後で、故意にタイムカードへの打刻を遅らせて労働時間を長く見せかけた場合等については、実際の労働時間がタイムカードよりも短いことを証明できれば労働時間になりません。

会社の許可なく残業をしていた

事前に、残業を禁止する命令をしていたのにも関わらず、労働者が許可なく残業を行っていた場合には、残業代の請求を拒否できる可能性があります。

ただし、残業しなければ処理できない量の業務を行わせた場合や、労働者が残業していることを黙認していた場合等には、事実上の残業命令があったとみなされるおそれがあります。

そのため、定められた時間内に終わらなかった業務について、上司等に引継ぎを行うことを周知徹底する等の対策が必要となります。

管理監督者からの請求である

管理監督者には基本的に残業代が発生しないため、請求を拒否することが可能です。

しかし、管理監督者は一般的な管理職とは異なる存在のため、課長や部長といった役職についているからといって、残業代の請求を必ず拒めるわけではありません。

管理監督者とは、労働条件の決定やその他労務管理等について、経営者と一体的立場にある労働者のことです。管理監督者には、労働基準法41条2号に基づき、労働基準法の労働時間や休日の規定が適用されないことになっています。

労働者が管理監督者だといえるためには、主に以下のような条件が挙げられます。

  • 経営会議等、会社の意思決定の場に参加している
  • 労働者の採用等に関わり、人事の決定権を有している
  • 職務内容が労働時間の規制になじまず、労働時間の厳格な管理を受けていない
  • 一般の労働者と比較して給与や待遇が良い

定額残業代として支払い済みである

定額残業代を支給しており、実際に発生した残業代が定額残業代を下回っていれば、支払い済みとして請求を拒否することが可能です。

また、定額残業代を上回る残業代が発生していたとしても、定額残業代は既払い分として差し引くことができます。

消滅時効が成立している

賃金の消滅時効が完成してしまっている場合には、時効を援用する方法によって請求を拒否することができます。

ただし、以前は2年だった退職手当を除く労働債権の消滅時効は、当面の間は3年とされています(労働基準法115条、143条3項)。そのため、未払い賃金を支払う義務があった日から3年が経過するまでは、消滅時効は完成しません。

これは、未払い賃金の金額が高額になりやすくなったことを意味します。請求を受けたときに、支払いの負担が重くなるため注意しましょう。

未払い賃金請求の和解と注意点

未払い賃金の請求を受けた場合には、和解によって解決する方法が考えられます。
適切な和解によって紛争を早期に解決できるだけでなく、支払いを抑制したり、会社の評判を落とさずに済んだりする可能性があります。

ただし、和解の交渉を行うときには以下のことについて注意しましょう。

  • 紛争の悪化を防ぐために、労働者側の主張について誠実に交渉すること
  • 和解した証拠として「合意書」を必ず作成すること
  • 未払い賃金としてではなく「解決金」として金銭を支払うこと
  • 相手方から新たな請求を受けないように「清算条項」を明記すること
  • 他の労働者からの請求を防止するために「守秘義務条項」を定めること
  • 誠意を示すために、会社として今後の法令順守を約束して改善に取り組むこと
  • 労働者が退職に同意しているときには、退職の日にちや退職条件等を明記すること

付加金・遅延損害金の発生

未払い賃金について、支払うべきであった日の翌日から、在職中は、民法404条に基づき3%の遅延損害金が発生します。
また、退職後については、賃金の支払の確保等に関する法律6条1項に基づき14.6%の遅延損害金が発生します。

さらに、時間外労働割増賃金などが未払いであり、裁判で悪質だと認定されてしまった場合には、労働基準法114条に基づき付加金の支払いを命じられるおそれがあります。
付加金の請求が認められてしまうと、金額が最大で2倍となります。

付加金が認められるケースは少ないものの、もしも認められてしまうと、未払いが悪質だと認定されたことを意味するため会社のイメージにとっても大きなマイナスとなります。

弁護士に依頼すべき理由

残業代等の未払い賃金を請求された場合には、正当な請求であれば支払う義務があります。一方で、不当な請求については的確に反論しなければなりません。

正当な請求を拒否してしまうと、遅延損害金が増えていくだけでなく、紛争が悪化して会社のイメージに悪影響を及ぼすため、請求の妥当性については慎重な検討を行う必要があります。

そのため、未払い賃金の請求を受けたときには弁護士に相談するべきです。
弁護士であれば、請求の妥当性について検討して、支払うべきか、争うべきかを判断することができます。

支払いを行う場合であっても、労働者側と交渉して、なるべく円満な解決を図ることが重要となりますので、ぜひ労務問題に詳しい弁護士に一度ご相談ください。

広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長
保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)
広島県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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