労務

不利益変更の際、合意書の必要性と効力とは

広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士

  • 不利益変更

労働者との間で締結された労働契約の内容を不利益に変更するにあたっては、労働者との合意を取らなければならないと考えられる使用者の方は多いと思います。

しかし、合意書という書面によって合意をしないといけないのかといった点や、どのような点に注意して合意をとればいいのかといった点についてお悩みをお持ちの使用者の方も多いのではないでしょうか。

この記事では、労働条件を不利益変更するにあたり合意書が必要なのか、どのような点に注して合意を取得すればいいのかといった点について、以下解説していきます。

労働条件を不利益変更する際に合意書(同意書)は必要?

前提として、労働条件を不利益変更するにあたっては、労働者と使用者の合意が必要です。

法律上、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」(労働契約法8条)とされています。

もっとも、その合意を書面で行うことまで求めていませんから、合意書という書面で、その合意を絶対に取得しないといけないというわけではありません。

しかし、合意書を作成しなかった場合、後々労使間で不利益変更された労働条件を巡り紛争になった時、労働者側から労働条件の変更にあたり合意していない等の主張が出されることがあります。

このような紛争を防ぐためにも、合意書を作成した方が良いでしょう。

ただし、後述する労働組合との包括的合意により合意を取得する場合には、労働組合との間で労働条件の不利益変更についての合意がされたとの書面が必要ですので、この場合には合意書が必要になります(労働組合法14条)。

従業員ごとに合意を得る「個別的合意」の場合

まず、労働条件の不利益変更は、労働契約の内容を変更することに他なりませんので、使用者と個々の労働者との個別的合意により、労働契約の内容を変更することができます(労働契約法8条)。

ただし、労働契約は、個々の従業員ごとに締結されるものですから、個々の労働者との個別的合意によりすべての労働者との労働契約を変更しようという場合には、全ての従業員との間で個別的合意を取得する必要があります。

労働組合との合意を得る「包括的合意」の場合

上述した、個々の労働者全員と個別的合意を取得するという方法は、労働者の数が多い会社になればなるほど、必然的に全ての労働者との間で合意を取得するのに多大な時間がかかるなど、困難になります。

このような場合、個々の労働者と合意を取得するのではなく、労働組合との交渉により、労働条件の不利益変更の合意を取得するという方法がより現実的な方法として考えられます。

使用者が、労働組合との間で労働条件の不利益変更に関する合意(労働協約)をして、その旨書面を作成し、署名又は押印をすることで、当該労働組合の組合員である労働者に対し、労働条件の不利益変更が生じます。

そして、当該労働組合が、事業場の労働者の4分の3が加入しているような場合には、当該労働組合員以外の同じ事業場の労働者にも、労働条件の不利益変更が生じます(労働組合法17条)

このように、個別的合意以外にも、労働条件の不利益変更のための合意を取得する方法が存在します。

不利益変更における合意書の効力とは?

ここまで解説してきたように、労働条件の不利益変更に当たっては、使用者と労働者との間の合意が必要です。

合意書を作成することによって、使用者と労働者との間で合意があったということを客観的に担保することができます。

合意書なく不利益変更を強行した場合のリスク

最初に解説したように、使用者と労働者との個別的同意による場合には、労働条件の不利益変更を行うために必要な合意について、合意書という書面を作らずに、口頭のみで行うことも可能です。

しかし、この場合、後々、労働者側から労働条件の不利益変更を行うことについて合意をしていないとしてトラブルになるリスクや、合意があったことについて証明できない可能性があるというリスクがあります。

仮に、合意があったことを証明できなかった場合、労働条件の不利益変更が無効とされてしまう可能性もあります。

不利益変更について合意書を取り交わす際の注意点

ここまで、労働契約の不利益変更を行う場合における合意書作成の重要性について解説してきました。

それでは、その合意書を作成・取り交わすにあたってどのようなことに注意をすればよいのでしょうか。

以下では、合意書の作成・取り交わしにあたり注意しないといけない点について解説していきます。

従業員に対して十分な説明が必要

まず、合意書の作成・取り交わしにあたっては従業員に対し、以下の事項について十分な説明を行うことが必要でしょう。

  • なぜ、労働契約の内容について不利益変更を行う必要があるのか
  • 労働契約の内容について不利益変更を行うに至った経緯
  • 労働契約の内容について不利益変更を行った結果、当該労働者にどのような不利益が具体的に生じるのか

実務上、労働契約の不利益変更を行う場合労働者の合意があったというためには、後述の通り、労働者が自らの判断に基づいて合意をしたといえるような客観的事情が必要になります。

労働者が、労働契約の不利益変更の適否を判断するためには、労働条件の不利益変更の経緯や理由、不利益変更によってどのような不利益が具体的に生じるのかといった情報がなければ、労働者は労働契約の不利益変更に合意してよいのか判断ができませんから、上述した事項について十分に説明を行う必要があります。

強制や強要による合意は無効

労働者に対し、労働契約の不利益変更について合意をするように強制をしたり、強要をした結果、労働者が不利益変更に合意をしたとしても、その合意は無効になりますから、注意が必要です。

既に述べたように、労働契約の不利益変更について労働者が合意したというためには、あくまで労働者が自らの判断で合意をしなくてはなりません。

したがって、強制や強要により労働者がこれに合意したとしても、その合意は労働者の自らの判断ではないということになってしまうのです。

合理性のない不利益変更は認められない

また、労働条件の不利益変更の内容について合理性がない場合、そのような不利益変更が認められない可能性があります。

後述のとおり、労働条件の不利益変更に当たっては、実務上、労働契約の不利益変更を行う場合労働者の合意があったというためには、労働者が自らの判断に基づいて合意をしたということが必要です。

仮に、労働条件の不利益変更の内容について合理性がない場合、通常そのように不合理な内容と分かっていて労働者が合意するとは考え難いので、自らの判断に基づいて合意をしたとは認められない可能性が生じます。

このような意味で、労働条件の合理性のない不利益変更は認められません。

従業員から合意書が得られない場合の対処法

従業員から合意書が得られない以上、上述した労働組合との間で労働条件の不利益変更に関する合意(労働協約)を締結するということが考えられます。

この他にも、就業規則を変更し、一律に労働条件を不利益変更するということも考えられます。

なお、この場合、変更後の就業規則の内容が合理的であり、かつ当該就業規則を周知していることが必要となります(労働契約法9条、10条)。

不利益変更において合意の有効性が争われた判例

労働契約の不利益変更において、合意の有効性が争われた判例について、以下解説していきます。

事件の概要

本件では、経営破綻の危機に陥ったA信用組合がB信用組合に吸収合併され、B信用組合はさらにC信用組合を吸収合併しました。

そして、これら2度の合併のたびに、元A信用組合職員のA信用組合時代の退職金支給規定が不利益変更され、退職金が大幅減額されました。

なお、これらの不利益変更にあたり、経営側は元A信用組合の職員に経営困難による合併の必要性を中心に変更理由を説明したうえ、1回目の合併に当たっては退職金支給基準の変更同意書を得ていました。

また、2回目の合併については、労働条件の変更に関する説明を各支店長にさせた上で、同説明を実施したことに関する報告書への労働者の署名押印を得ていました。

しかし、元A信用組合職員は、定年退職後に署名押印の効力を争い、退職金差額を要求しました

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

この事案において、最高裁判所は、「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者間の個別の合意によって変更できる」としましたが、「当該変更に対する労働者の同意の有無については慎重に判断されるべきである」と判断しました。

そこで、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけで同意があったと判断すべきではなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容や程度、労働者により上記変更を受け入れる行為がなされるに至った経緯、その態様、労働者による上記変更を受け入れる行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容を踏まえて、上記労働者の同意が、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという点から、同意があったか判断するとしています(平25(受)2595号・最判平成28年2月19日)。

ポイント・解説

最高裁判所は、労働条件の変更については、労働者と使用者との合意でできるとしつつも、その合意があったと認めるためには、労働者が自由な意思に基づいて合意をしたと判断できる客観的事情、及び労働者への情報提供等が必要であるとの姿勢を明確にしています。

前提として、労働契約法は、労働契約は、労働者と使用者が対等な立場における合意に基づいて変更できるという合意の原則を定めています(労働契約法1条、同法3条1項参考)。

この合意原則には、労働者と使用者の合意が必要ということと、その合意が対等な立場にある労働者及び使用者との間の交渉によりされることという二つの理念が含まれると考えられます。

しかし、特に後者については、労働者と使用者とでは、保有している情報に大きな格差があり、交渉力についても大きな格差があり、このような格差がある状態で、労働者と使用者が対等な立場で交渉をするということは困難です。

このような状況を踏まえて、最高裁判所は、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更によりもたらされる不利益の内容や程度といった客観的事情だけでなく、労働者への事前の情報提供やその説明の内容という労働者への情報提供についても必要とすることで、上記情報格差を是正し、労働者と使用者が対等な立場で交渉するという理念を達成しようとしたものといえるでしょう。

労使トラブルを防ぐために適正な合意書案について弁護士がアドバイスいたします。

労働条件の不利益変更の効果を争われるという労使トラブルを防ぐという意味において、使用者と労働者との間の労働条件不利益変更に関する合意書は重要です。

しかし、ここまで解説してきたように、合意書の内容や合意を取得する過程に問題があるとされた場合、せっかく合意書を取得したのに、後々労働条件の不利益変更の効果を争われることにもなりかねません。

労務分野に深い理解を持つ弁護士であれば、状況に合わせ適正な合意書案の作成をサポートすることが可能です。

ご不安点があれば、まずは弁護士までご相談ください。

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広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長
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