労務

従業員が逮捕された場合の会社の適切な初動対応

広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛

監修弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長 弁護士

  • 逮捕

従業員の逮捕というとあまり実感がわかないという経営者の方もいるかもしれませんが、酒に酔って第三者に暴行をしてしまったというような場合や飲酒運転を行ってしまった等思った以上に従業員が突然逮捕されてしまうという危険性は身近です。

このように従業員が突然逮捕されてしまった場合、会社としてはいかなる対応をとるべきでしょうか。
以下では、従業員が逮捕された場合の会社の適切な初動対応について解説していきます。

従業員が逮捕された場合に会社がとるべき初動対応

従業員が逮捕された場合、大前提として会社としては当該逮捕された事実に関する事実関係の把握を行う必要があります。

この上で、逮捕等による身柄拘束で業務に支障が生じるのか否か、当該逮捕された従業員の人事上の処遇をどうするかという点について検討する必要があるでしょう。

①事実関係を正確に把握する

冒頭でも述べたように、まずは当該従業員がどのような事実で逮捕されたのかについて把握しましょう。

仮に、当該従業員が業務中に引き起こした事件で逮捕されたような場合には、業務とは関係のない私生活上で引き起こした場合と異なり、使用者責任(民法715条1項)等により会社も被害者に対し損害賠償義務を負う場合があります。
このように、事件の内容いかんによっては、当該従業員だけではなく会社もまた責任を負う可能性がありますので、事実関係を正確に把握することが必要です。

なお、事実関係を把握するにあたっては、第三者や報道を通じたまた聞きに注意しましょう。
また聞きの場合、事実とは異なる可能性がありますので、あくまで当該従業員から事実を確認した方が良いでしょう。

②社内対応を行う

逮捕等により身体拘束がされた場合、当該従業員は当面の間出社することができなくなります。
当該逮捕等は突然行われますから、その間当該従業員が担当していた業務について支障が生じてしまう可能性が高いです。
このため、当該従業員に対する接見を行うなどして、当該従業員の担当業務を引き継ぐことが必要になるでしょう。

なお、接見の可否や対応時間については、当該従業員が身体拘束されている警察署に確認することができます。

従業員が逮捕・勾留される期間は?

ある事件の被疑者として逮捕された場合、基本的にはその身体拘束期間は逮捕された時点から3日間となります。
もっとも、検察官が、事件の捜査の為に身体拘束を行う必要があると判断した場合には、裁判所に対し勾留の請求を行うことがあります。
この請求を裁判所が認めた場合、最大20日間の身体拘束が追加で認められる可能性があります(刑事訴訟法208条1項、2項)。

まとめますと、従業員が逮捕された場合、起訴されるまでに最大23日間身体拘束がされる可能性があるということになります。

なお、起訴後も裁判所が身体拘束をする必要があると判断した場合には、身体拘束されることになりますから、23日間以上に身体拘束される可能性も十分にあります。

③従業員を支援するかどうかを決める

逮捕された従業員が会社にとって欠かせないような場合、会社としては当該従業員を支援することも考えられると思います。
そのような支援を行おうとした場合、まず考えられるのは顧問弁護士に協力を依頼することでしょうが、以下のように顧問弁護士に協力を依頼する場合には注意が必要です。

顧問弁護士に依頼する場合の注意点

従業員は逮捕された場合、顧問弁護士に協力を依頼すること自体は何ら問題がありません。
もっとも、顧問弁護士は、通常、会社の利益を守るために活動することが想定されています。
他方、逮捕された従業員の弁護人として活動する場合には、当該従業員の利益を守るために活動する義務が生じます。
したがって、会社の利益と当該従業員の利益が対立してしまう場面では、機能不全を起こしてしまうリスクが極めて高くなります。

具体的には、会社としては会社の評判を守るため当該従業員を解雇するなどしたい場合に、顧問弁護士が当該従業員の弁護人となっていたとすると、顧問弁護士としては会社に対し当該従業員を解雇するためのアドバイスをすることが困難になるといったことが考えられます。
このような問題は、当初は表面化せず、後々顕在化してくることがよくあります。
このような問題を防ぐためにも、顧問弁護士を当該従業員の弁護人にすることは避けた方が良いでしょう。

④逮捕中の勤怠・賃金の取り扱いを検討する

従業員が逮捕された場合、既述の通り23日間の身体拘束がされる可能性があり、その間、当該従業員は出社することができなくなります。

それでは、このように逮捕中の勤怠・賃金の取扱いをどのようにすべきでしょうか。

身柄拘束期間中の賃金は支払うべきか?

基本的には、会社は当該従業員に対し賃金を支払う必要はないでしょう。
身体拘束の期間には、上述の通り当該従業員は出勤できないことになりますから、当然労務の提供もできなくなります。
したがって、ノーワーク・ノーペイの原則により賃金支払いの義務は生じません。

ただし、当該従業員が有給休暇の申請をしたような場合には、会社はこれに応じる必要がありますので、この場合には賃金支払い義務が生じることに注意が必要です。

起訴休職制度を設けている場合

起訴休職制度、すなわち逮捕・勾留を理由とする休職が可能という内容の就業規則を整備している場合には、当該従業員を休職とすることも考えられます。

この場合、賃金の支払いがどのようになるのかについては、就業規則の定めによることになります。

⑤マスコミ・報道機関への対応

従業員の逮捕が報道された場合は、外部に対し企業としてのコメントを発表する必要がある場合もあります。

コメントを出す時期については、ケースバイケースではありますが、できるだけ早急に出した方が良い場合もあるでしょう。
例えば、当該従業員が逮捕された事実が、当該会社の業務に関連してなされたような場合には、迅速にコメント等を出さなければ、会社に対する不信感等が積もってしまい、会社の顧客が失われるなど大きな損害が発生してしまう可能性が高いでしょう。

もっとも、早期にコメントを出す場合には、いかなる事実で逮捕されたかといったことなどの調査が十分ではない場合もあります。
このような場合には、当該従業員が実際に犯罪を行ったといったような断定的な表現は避けた方が良いでしょう。

逮捕された従業員の懲戒処分の検討について

犯罪行為を行ったと考えられるとして当該従業員に対し懲戒処分を行うことは可能でしょうか。

プライベートでの犯罪行為も処分の対象か?

プライベートでの犯罪行為、すなわち勤務時間外の私生活上の行為については、会社の業務と関連のない行為であるため懲戒処分の対象にならないと考えることもできます。
しかし、いくら勤務時間外の私生活上の行為といっても、犯罪行為を行った場合、当該従業員の所属等が判明し、結果的に会社の社会的な評価が低下してしまうこともあります。
そこで、私生活上の非行等についても懲戒処分の事由とする就業規則を定める会社が多いでしょう。

このように就業規則において、私生活上の非行についても懲戒事由として定めているような場合には、プライベートでの犯罪行為についても懲戒処分の対象とすることが可能になります。

従業員の逮捕を理由に懲戒解雇できるのか?

従業員が逮捕された場合、そのことを理由に懲戒解雇を行うことは可能でしょうか。結論からいうと、場合によっては懲戒解雇を行うことも可能です。
従業員が犯罪行為を行って逮捕されたような場合には、上述した生活上の非行に該当する可能性があります。

もっとも、懲戒事由に該当したとしても、直ちに懲戒解雇をすることができるとは限りません。
懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も厳しい処分です。
このため、懲戒解雇を行うに値するだけの根拠が必要になります。判例上も、解雇の有効性は慎重に検討されるべきとされています。

具体的には、他の懲戒処分、すなわち減給、戒告、降格等では、当該従業員が起こした懲戒事由に比べ処分が十分とは言えない、懲戒解雇をとらざるを得ないといった事情が必要になります。

有罪判決が出る前に解雇することのリスク

なお、ここまで従業員の逮捕を理由に懲戒解雇をすることができるのかについて解説しましたが、懲戒解雇をするとしてもそのタイミングが問題になります。
なぜなら、有罪判決が出る前に従業員を解雇する場合、当該従業員は本当にその罪を犯したかどうかわからないのに逮捕されたことだけを理由に懲戒解雇をするということになってしまうからです。

刑事裁判の制度上、有罪判決が確定するまでは、被疑者・被告人は無罪であると推定されます。
したがって、有罪判決が出る前に懲戒解雇をしてしまうと、本当に罪を犯したかどうかわからないのに逮捕されたことだけを理由に懲戒解雇を行うということになってしまいます。

実際にも、逮捕されたとしても、検察官が、嫌疑不十分等で起訴しないケースもありますし、また起訴されたとしても無罪判決が出ることもあります。
嫌疑不十分で不起訴とされたケースや起訴後無罪判決が出たようなケースでは、懲戒処分の根拠とした懲戒事由によっては、懲戒事由を欠くものと評価され、したがって懲戒解雇も無効と判断される可能性を否定できません。

このような可能性を踏まえると、逮捕されたことだけを理由に有罪判決が確定する前に懲戒解雇を行うことは相当なリスクがあると言わざるを得ません。
どうしても、有罪判決が確定する前に懲戒解雇を行おうとする場合には、事実関係を十分に調査し、懲戒の根拠となる事実が存在することの証拠等を確保するなど入念な準備が不可欠になるでしょう。

逮捕された従業員の退職金の支給について

逮捕された従業員が、犯罪を起こしたこと等を理由に退職する場合の退職金については、会社としては慎重に判断する必要があります。

退職金は、一般に賃金の後払い的性格があるとされています。
このため、当該従業員が犯罪を起こしたというだけでは、賃金の後払い的性格をもつ退職金を全く支給しない、一部を支給しないということはできないということになります。

もっとも、これまでの裁判例を踏まえると、当該従業員が起こした犯罪行為の内容が、当該従業員のこれまでの会社への貢献を全て抹消するほど重大なものであれば、退職金を全額支給しないということが認められる余地があります。

したがって、当該従業員の退職金を全額不支給とできるか、一部不支給としてもいくら不支給にできるか等については、当該従業員が起こした犯罪行為の内容を踏まえつつ、これまでの裁判例を参考に判断する必要があります。

不起訴・無罪になった場合の対応

仮に、裁判所の有罪判決が確定する前に刑事事件を起こしたことを理由に解雇をして、その後、無罪判決が出た場合には、場合によっては解雇を撤回することが必要になるでしょう。

この他にも、刑事事件を起こして逮捕されたことを理由に懲戒解雇をした後に、当該従業員が嫌疑不十分等により不起訴となる可能性もあります。
不起訴となるのは、今述べた嫌疑不十分以外にも、嫌疑なし(真犯人が見つかった)や起訴猶予(犯罪をしたことは認められるが、裁判にかけるまでの必要性がない)といったものがあります。

いずれにしても、検察官が刑事裁判にかける必要はないと判断したケースということになります。
このようなケースでは、懲戒解雇を行う根拠となった懲戒事由によっては、既に解説した懲戒解雇がやむを得ないと言えるだけの根拠を欠いてしまう可能性があります。

したがって、起訴不起訴の判断が出る前に、従業員を懲戒解雇したような場合には、当該懲戒解雇を撤回する必要が生じるケースがあります。

従業員の逮捕と解雇に関する裁判例

以下では、犯罪行為をして有罪判決を受けた従業員の懲戒解雇を無効と判断した事例について解説します。

事件の概要

ゴム製品の製造販売等を営む会社に雇用され、タイヤ工場製造課に作業員として勤務していた従業員は、他人の住居に正当な理由なく入り込んだとして、住居侵入罪(刑法130条)により罰金2500円(1965年(昭和40年)当時)に処されました。
このため、会社は、従業員賞罰規則16条8号に定める懲戒解雇事由である「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」に該当するとして、当該従業員を懲戒解雇したという事案です。

裁判所の判断(最判昭45.7.28)

裁判所は、当該従業員の上記侵入行為は、午後11時20分頃に行われたものであって理由なく他人の居宅に入り込むそのこと自体は、恥ずべき行為であると認定しています。

この上で、当時会社においては、企業運営の刷新を図るため、従業員に対し職場諸規則の厳守等を強調していたにも拘わらず、このような犯行を当該従業員が行い、当該従業員の逮捕の事実が噂となって広まったことを併せ考えると、会社が当該従業員を懲戒解雇に処したことは無理からぬ点がないではないと一定の理解を示しています。

もっとも、当該従業員の職務上の地位や当該犯行が私生活上の範囲内で行われたこと、及び当該従業員が受けた刑罰の内容が罰金2500円というそこまで重くなかったということを踏まえ、「会社の体面を著しく汚した者」とまでは当たらないと判断しています。

ポイント・解説

この判例のポイントとしては、単に犯罪行為を行い有罪判決を受けたというだけでは、「会社の体面を著しく汚した者」とまでは言えず、したがって懲戒解雇も無効と判断している点にあります。
上述したように、裁判所は、「会社の体面を著しく汚した者」という懲戒事由に当たるか判断するに際し、当該従業員の職務上の地位や当該犯行が私生活上の範囲内で行われたこと、及び当該従業員が受けた刑罰の内容が罰金2500円というそこまで重くなかったという事情を踏まえています。

このような判例を踏まえれば、当該従業員が犯罪行為を行い有罪判決を受けたとして、懲戒解雇を行おうとする場合には、懲戒事由に当たるか判断するに当たり、当該従業員が起こした犯罪の悪質性がどれくらいか、当該従業員が会社において指導的な地位を占めていたか否か、当該従業員に下された刑罰の重さがどれくらいか、当該従業員の犯罪行為が行われたのは私生活上の出来事かどうかといった点について、しっかりと検討を行うことが必要になります。

例えば、本件のように、犯罪の内容が軽微で、私生活上の出来事であり、かつ当該従業員が特段重要な職責に就いていなかったような場合には、懲戒事由には該当しないと判断される可能性が高いでしょう。

従業員が逮捕された場合は初動対応が重要です。まずは弁護士にご相談下さい。

従業員が逮捕されてしまうと、当該従業員が逮捕されるに至った犯罪の内容によっては、マスコミ等により企業名が実名報道されてしまう可能性があります。
このように報道されてしまうと、クレームの電話が殺到する等企業への影響は計り知れません。

また、社内での対応といった側面においても、従業員が犯罪行為を行ったことを理由に逮捕されることはそうそう起こりうることではありません。
したがって、いかなる場合にいかなる対応をとればよいのかといった点についてよくわからないといった事態は十分起こり得ると思われます。
このようによくわからないまま、従業員への対応を行ってしまうと、上述のように不当解雇として解雇が無効になったり、バックペイの支払いが命じられる可能性も生じるなど様々な問題が生じてしまいます。

そのため、従業員の不祥事が発生した場合には、専門家である弁護士に相談することをお勧めします。

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広島法律事務所 所長 弁護士 西谷 剛
監修:弁護士 西谷 剛弁護士法人ALG&Associates 広島法律事務所 所長
保有資格弁護士(広島県弁護士会所属・登録番号:55163)
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